愛憐




 寝転んだシーツは白く、染みの一つもなかった。それに好意を持ったわけではないけれど、安心したのは事実。
「疲れた?」
「当然です」
 仕事帰りにここへ寄るのはもうやめよう、何回思ったことだろう。けれど流されてきっとまたここに――彼の家に――来てしまうのだろうということは容易に想像がついた。跳ね除けることも簡単だけど、リザはそれをしない。
「今日は忙しかったからな」
「明日も忙しいですよ」
 リザは先ほど脱ぎ散らかした服を身に着けていく。下着から順に、確実に。
「どこかに行くのか?」
「帰ります」
「…嘘だろう」
 ロイはベッドから飛び起きる。今日は泊まらせるつもりだった。
「何故ですか。私が泊まる方が不自然でしょう」
「そんなことはないだろう。いつも泊まるくせに」
「いつも無理やり泊まらせるくせに」
「では今日もそうしてくれ」
「お断りいたします」
 体がだるい。もう何もしたくないというのが正直なところだったけれど、そういうわけにもいかなかった。ここから出勤する気も無いし家には愛犬が遅すぎる帰りを待っている。
「無理はよくないぞ」
「無理させたのはどこの誰ですか。今日なんて特に」
「ベッド以外でやるのもいいだろう」
「最悪です」
 うんざりしたような表情でリザが答える。もともと体を重ねる行為はそれほど好きではないのだ。それを無理な体勢でさせるから更に今日は辛かった。
「たまにはいいと思ったんだが」
「貴方はいいのかもしれませんね」
「また研究してみよう」
「…ずいぶんと俗っぽい研究ですこと」
「俗でない研究なんてものは何一つ無いさ。結局あんなもの人間の欲望の固まりだ。知的好奇心の塊のような阿呆がすることさ」
 ロイは自嘲するけれどもかっこつけたところで研究の内容が内容だ。しんみりする気も起こらない。
「では、私はこれで。明日は早いですからもうお休みになってくださいね」
「母親みたいなことを言うな君は。ところで本当に帰る気かね」
「そうでなかったら服は着ませんよ」
「引き止めて欲しいのかと思った」
「勘違いも甚だしいですよ」
 ロイはベッドの縁から立ち上がったリザの腰に手を回す。
「本当に帰るのか?」
「くどいですよ」
「くどくもなるさ」
 着なおした服の上からリザの胸に触れる。
「大佐」
 リザはその手をぺちんとはたく。
「いいから今日は一人にしないでくれ。憐れみでいいから抱いて」
「寒いこと言わないでください」
「自分でもちょっと寒かったな今のは」
「私なら絶対に言いません」
「ああそうだろうな。一度言ってもらいたいものだ」
 そんなこと言ったら青筋が立つだけでは済まない。確実だ。衝動的に自殺したくなるに違いない。
 ロイはリザの服のボタンを一つずつはずしていく。首筋に軽く噛み付いて彼女を背中から抱きしめる。
「…やめてください」
「やめない」
「やめて」
「嫌なら振りほどいて行けばいい」
 振りほどけるほど軽い力で拘束しているわけでもないくせに彼はぬけぬけと言う。油断したのはリザだ。
 着なおした服をまた少しずつ脱がされていくのが腹立たしい。リザはお返しとばかりにロイの指に噛み付いた。
「ほら、誘ってるじゃないか。共犯だ」
 勘違いも甚だしい。
 けれどいっそのことこのまま流されて、愛も憐れみも悲しみも怒りも憎しみもすべて忘れて、ただ情欲に溺れられたらいい。それはとても安らかなことだったけれど、不可能であることもよく知っていた。きっと自分はこの後家に帰り眠るだろうし彼は一人でここに残るのだろう。
 真っ白いシーツを噛みしめる。唾液がこぼれて顎を伝った。


 




 *POSTSCRIPT*
 最近暗いのばっかり書いてる気がしたのでがんばった。だけどもやっぱりこう、雰囲気がどうにも暗くてまいります。まあ、多分今はそういう時期なんだろうと割り切って。



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