BANG BANG BANG




 銃声(BANG!)
 衝撃(BANG!)
 そして落下(CRASH!!)


 第一印象というものはまったく正しいものだ――ただし時々。
 美人だけどマジメで固そう。遊びには向かない女。もう少し気楽にしてればいいのに。彼女への第一印象はそんなものだった。少々私情が混じったが、大体はそんなところだ。
「これからよろしくお願いします、ハボック少尉」
 彼女はハボックが自己紹介をする前に、すでに彼の名を知っていた。目をつけられていたのか、それとも全員の名前と顔を一致させてきたのか。おそらく後者だ。全員とは言わないまでも、東方司令部でも自分に準ずる士官くらいは覚えてきたというところだろう。たいしたものだ。
「よろしくお願いします、ホークアイ中尉」
 用意周到なことで。ご苦労様です。
「お手柔らかに」
 そのよろしいオツムの中で、敵と味方の判断ですか?
「お互いにね」
 勘の鋭い女は遊びに向かない。
 頭のいい女は後腐れはよくても騙せない。
 第一印象:美人だけど遊びには向かない女。


 リザ・ホークアイ中尉とともに配属されてきた上司は、いくらなんでもこれはないと言われる東方司令部の中でもずば抜けて不真面目だった。
 ロイ・マスタング大佐。
 ちなみにこちらの第一印象:女好きのへタレ。ええかっこしい。
「何やってんスか?」
 ハボックは観葉植物の陰に隠れようと努力しているロイに背後から声をかける。
「……っ…驚くじゃないか」
「そりゃどうもすんません。で、どうしたんすか?」
「ただの散歩だ。息抜きとも言う」
「ああ、別名サボリ」
「………」
 もう一度言おう。こちらは東方司令部随一といっても過言ではない不真面目男、ロイ・マスタング大佐である。ちなみにこれでもここ東方司令部における実質上の最高司令官だ。
「中尉に会っても私のことは言うなよ」
「…また逃げてきたんですか?ダメですよ仕事しないと」
 まさか自分がこんなことを言う日が来るとは思わなかった。
「いいじゃないかこれくらい」
「そう言ってやめられないんでしょ」
 タバコと同じだ。やめようと思ってもそう簡単にはやめられない。気づくと手を伸ばしている。サボリ癖も同じようなものだ。中毒といっても過言ではない。
「火遊びは大好きでね」
 発火布をちらつかせ、ロイは言う。すぐ暴力に訴える所はどうかと思う。これも人のことは言えないのだが。
「…逃げても無駄っスよ。中尉来ましたから」
「何っ!?」
 ロイの振り返ったその先に、リザはいた。
「……中尉」
「あら大佐、奇遇ですねこんな所で」
 奇遇も何も、ここは職場だ。
 突っ込んだら殺されかねないな。そう思って黙っておくことにする。口は災いの元。触らぬ神に祟りなし。
「ああ、本当だな」
 欠片もそんな事思ってないくせに。
 ハボックはくわえているタバコに手をかける。
「ここで何をしておられるんです?できるなら詳しく知りたいのですけれど」
 にっこり笑って厳しい口調で。
 器用な芸当だが、これは厳しく脅されるよりも数倍恐い。
「いや、何でもないよ。ただ少々散歩でもと……」
 おいおい、腰が引けてるよへタレ大佐。
 かなりのへっぴり腰にてマスタング大佐は数歩後退する。もちろん少しでもリザから離れるためだ。しかしそんなことはお見通しだとばかりに、彼女も数歩ロイに詰め寄る。
「散歩ですか。大佐にそんな暇がおありとは存じ上げませんでした」
 きっとロイの机上には書類の山がいくつか建っているのだろう。
「それではその分仕事増やしておきますね。今日中に終わらせなければならない仕事はまだまだたくさんあるんです。この分なら終わりますよね。ああよかった!」
 もちろんこの『ああよかった』は棒読みだ。
「では大佐、参りましょうか」
 リザはロイの腕をがっちりと掴む。これで不真面目男には有能な部下による正しい罰が与えられることだろう。
「ハボック少尉、悪いけどこれ運んでおいてくれる?」
 これ、というのは彼女が抱える書類の束だ。
「いいですよ。中尉も大変ですね」
「もう慣れたわ」
「何だその言い草は」
 文句を言うロイをリザがじっと見つめる。まるで非難するような眼差しで。
 傍で見てる分には美人なんだよな。彼女を見ているとつくづくそう思う。
「行きましょうか」
 半ば引っ張るような形でリザがロイを連行してゆく。せっかく逃げてきた仕事に戻らされるにしては、まんざらでもなさそうだ。
『火遊びは大好きでね』
 ああなるほど、そういうことか。


 あの二人はデキている。


 未だ推論の域を出ないが、正しいのではないかと思う。
 二人を見ているとそんな様子が多く見られる。もちろんただの上司と部下を装ってはいるが、なんとなくわかるのだ。昔からそういうのを見抜くのは得意だった。おかげでしょっちゅう損をしてばかりだった。勘が鋭いことは仕事で役立ってもプライベートでは今ひとつな場合が多いのはどうしたことだろう。
「街で急に発砲して人質を連れて逃走?」
 ロイはとても嫌そうな顔で聞き返す。
 事件は真昼間の大通りで起こった。
「今はその近くの喫茶店を占領して立て篭もっているそうです」
 リザはロイの顔を見なかった振りして(単純に無視しただけかもしれない)淡々と付け加える。
「それはまた……」
 面倒な。
 ハボックは呟く。まったく厄介な事態なのだ。今のところ市民に害は及ばないかもしれないが、建物の中に立て篭もっている、という時点で犯人のみを建物の外から射殺することは難しい。下手に乗り込めば逆上して人質に何をするか分からない。こういう場合はやはり説得か。せめて逃走経路を確保できないように店の周囲を取り囲んで――
「面倒だな」
 ロイも望みの無い説得に時間を費やすのは無駄だと考えたらしい。とりあえず誰しも一度は考える。しかしそれを実行にうつせるかと問われれば必ずしもそうではないのだ。
「よし、乗り込むか」
 ……それを実行にうつせるかと問われれば必ずしもそうではないのだ。
「大佐!さすがにそれは――」
「人質に害が及ぶ前に犯人を取り押さえればいいだけの話だ。今夜はこんなつまらん事件で残業するわけにはいかんのだよ私は」
「それ思いっきり大佐の都合じゃないっすか!」
「だからなんだ」
 ロイはあたかも開き直ったかのように――ただ何も考えていないだけなのだろう、おそらくは――言う。
「人は実に利己的な生き物だ、良くも悪くもな」
 先入観:ええかっこしい
 これはビンゴだった。何が『利己的』だ。何が『良くも悪くも』だ。こういう人間が下手に権力を持つから世の中が腐るのだ。
「ふざけるのはそのくらいにして下さいね、大佐」
 リザが釘をさす。
「どうせ大佐は突入できないんですから、あんまり偉そうなことを言わないで下さい」
 ロイが眉をひそめる。気になる一言があったらしい。
「何故私が突入できんのだ」
 今度はリザが眉をひそめる番だった。
「先ほど申し上げた通り、犯人は喫茶店に立て篭もっています。大佐が出向くとあらば焔をお使いになられるのでしょうが――」
 そういうことか。思わずそこにいた全員が納得する。ロイのみが眉間にしわを寄せ、怪訝そうな顔で彼女を見つめる。
「その喫茶店は木造です」
「あ」
 ようやっとわかって頂けたらしい。たしか頭が良くないと錬金術師というものにはなれないのではなかっただろうか。
 きっといい気味とはこういうことを言うんだろうな。ハボックは思う。
「そうなさいますと建物に引火して火事になる可能性があります。そうなれば騒ぎは余計大きくなります。責任問題ですよ」
 やはり残業で説得か。部屋はその一言で埋め尽くされていた。仕方がないのだ。これがマニュアル通りの方法でもある。
「ですが、突入には賛成です。どうにかして建物に侵入して人質を保護、そして犯人を取り押さえることができれば理想的ですね」
「そうだろう」
 ようやく大佐の面目躍如だ。何とか復活しかけている。
「しかし危険ですよ。一体誰が――」
「私が行きます」
 名乗り出たのはリザだった。部屋中の注目を一身に浴び、彼女はロイに申し出る。
「私が行きます。大佐、それでよろしいですね?」
「一人で行く気か?」
「ええ。何か問題でも?」
「大有りだ。もし君が失敗した場合の予備がいる。人質を保護し、かつ犯人の身柄拘束はさすがの君でも難しいと私は思うがね」
 リザは押し黙る。あらゆる可能性は考慮するべきなのだ。
「……大佐は誰を予備にするおつもりですか?」
 この司令部内で最も銃の扱いに長けているのはリザだ。彼女が失敗したとして、その尻拭いができる人材となると皆無に等しい。
「そうだな……」
 ロイは大部屋を見回す。一人一人の顔を見て、ある一点で目が止まる。
「よし」
 ロイの見つめるその先にいるのは、ハボックだった。
「……え?」
 部屋中の人間がハボックを見つめている。
「俺っスか!?」
「他に誰がいるんだ。こうなったら思う存分やってきたまえ。私が許す」
「いや許されても!第一俺なんかじゃ下手したら足手まといなだけっスよ」
「そうでもないと思うけれど」
 ぽつりと、そう呟いたのはリザだった。
「ハボック少尉、よく射撃練習場に入り浸っているでしょう?」
 事実だ。何もしないよりはマシだと思い、時折行ってはひやかしている。
「だからといって――」
「大丈夫だ。お前ならできる!」
「そうですよ少尉!がんばってください」
 "予備戦力"の称号を運良く逃れた同僚達は、何の根拠も無くたきつける。
「てめえらっ……」
「これで決まりだな。私たちも店の外でできる限りの援護はしよう」
「当然です」
 リザの厳しい一言で、作戦会議は終了した。


 立ち並ぶ憲兵の後方で、黒塗りの車が止まった。
 野次馬の一人もいない閑散とした通りには、異様なまでの静寂に彩られていた。
 そこに、車から一人降り立ったのはロイだ。
「今の状況はどうなっている?」
「はっ!現在も引き続き犯人はあちらの喫茶店に立て篭もっております!」
「何か変化は」
「いえ、今のところは・・・」
「・・・なるほど」
 裏口も厳重に取り囲んでいるだけに、逃げたとは考えにくい。逃げるつもりがどうしようもなくなってしまったというところだろう。いくら人質がいるからといっても所詮多勢に無勢、そのくらいの知恵はある。
「ホークアイ中尉とハボック少尉は」
「隣りの家屋よりの侵入を図っております。窓を伝えば侵入も可能かと」
「奴はそれには気づいていない、と」
 しかしいつ気づくとも限らない。人質を殺されて逃げられてしまえば軍の面目も丸つぶれだ。それだけは避けなければならない。
「奴の気を引いて注意を散らす。あとは中尉達が侵入に成功し次第、混乱に乗じて裏口、表玄関両方からも突入。いけそうか?」
「もちろんです」
 断言するのはブレダ少尉。こう見えて戦略には長けている。信用していいだろう。
 建物二階に人影が映った。軍服の青が鮮やかに見える。
「さて――勝負だ」


 緊張はしない。軍人になると決めてから、戦場で緊張しても無駄だということを教わった。戦場で直に。
「ハボック少尉」
「はい」
 しかし真摯になることを忘れてはいけないと思う。
「あなたは人質の保護を最優先に考えて。私が撃つわ」
「はい」
 この女は銃に自分を賭けている。
 それがわかるから、この手を汚すことを躊躇わない。止めることも、洗い流すこともできない。
 ああやべえなあ。違う男のものなのに。
 窓の外ではロイ・マスタング大佐直々の『警告』が響いている。その『警告』の最中を襲うというのは卑怯という気がしないでもないが、確実性は高い。
「行くわよ」
 階段を音を極力立てないように下りる。ばれないように体をかがめて。厄介なことに人質の少女は猿ぐつわをかまされて縛られていた。犯人の隣りで。下手をして人質を盾にされてしまったらこちらは動けない。
 リザも難しそうな顔をしている。しかしここまで来た以上、すごすご出直すことはできない。
 意を決したように、彼女はライフルを構えた。
 ハボックは言われた通りに人質の動向に目を向ける。短銃を手に持って。
 警告を聞いて怒鳴り返す犯人の、銃を持つその手に一発。
 銃声を聞いて人質が半狂乱気味になる。――今だ!
 ハボックは走った。人質の手を引いてその体を抱きこむ。犯人はすでに銃を手にしていた。
 このとき 構えた 短銃は。
 無我夢中で銃口を犯人に向ける。そのとき、また一発。今度は肩だ。撃ち返す暇もなく、ハボックはその場を離れる。それと入れ違いになるように、立ち向かっていったのは――
「中尉!!」
 銃をとばされ、犯人はナイフを懐から取り出した。彼女はそれにかまう風もなく、犯人の両足を続け様に撃ち抜いた。痛みに仰け反る男の手からナイフはまだ離れない。彼女は男の手を容赦なく踏みつけた。
 これで身動きできるはずもない。
 足音が聞こえる。突入開始だ。今までの静寂が嘘のようだった。
「・・・・・・終わった・・・・・・」
 人質を憲兵の一人に預けると、リザがじっとこちらを見ていることに初めて気づく。
 その瞳の柔らかなこと。
 先ほどの犯人に対する目とはまったく別物だった。
 反則だ、と思う。
 あの後ろ姿を、あの鷹の目を見せ付けられて、そしてこれは反則だ。
 ハボックは手のひらで口を覆う。どうにも堪えきれそうになかった。
 ロイが彼女に近づき、話し掛けるのが見えたが、そんなことはどうでもよかった。
 ただ、射貫かれてしまった。
 あの目に。
 あの銃に。
 あの女に。


 銃声(BANG!)
 衝撃(BANG!)
 そして落下(CRASH!!)




 




 *POSTSCRIPT*
 ハボ→アイ。ハボッ君恋に落ちるの巻でした。
 なんかね、でも根底にロイアイがどうしてもきてしまうのはどういったことなんでしょうかね。だってくるんだもんよ。あたしの頭の構造がそんな感じみたいです。しかしいつも気になってるんですがどうにも軍が警察みたいな仕事も請け負ってる気がしてならない。




BACK















SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送