Like a Bomb




 ――やられた。
 部屋を見回してみると、「彼」がいない。いつもそこらで寝そべったり遊んだり、いつもは命じなければとにかく勝手気ままであるにもかかわらず、だ。
 これではやましいことがあるんですと告白しているようなものだ。
 散乱している洗濯物を一つずつ拾い集める。思わず溜息。こんなことになってもいとおしいのは何故だろう。
 飼うと決めたときから、多少の覚悟はしていたけれども、ここまでやらかしてくれるとは思わなかった。
 ――まったく、誰かさんそっくり。
 もっとも、「誰かさん」にこんな可愛げはないのだけれど。
 ふとソファの上を見ると、見慣れた小さく黒い尻尾が見えた。体と頭は洗濯物の山の下だ。これでも隠れているつもりなのだろう。
 その尻尾を掴むと、「彼」がびくっと震えた。ためらわずに、その小さな体を抱き上げる。
「まったくやってくれたわね」
 罪悪感があるんだかかないんだか。見つかったことが嬉しいのか、尻尾を振り切れんばかりに振っている。
 もしかしたら淋しかったのかもしれない。ここのところ仕事が忙しくてちっともかまってやれなかった。そういうことならば、こちらにも多少なりとも非はある。
「今回は、まあしょうがないけれど」
 忠実なる愛犬は、主人の言葉を大人しく待っている。
「次からはお仕置きよ」
 お仕置き。彼、ブラックハヤテ号は、お仕置きの恐ろしさを十二分に知っている。
「でも、そうね」
 このままこの部屋で飼うことになんら問題はないのだが、この先忙しくなることは目に見えている。残業や泊り込みも少なくないだろう。となるとエサや散歩の心配も出てくる。人に預けるにしても、長期間だとさすがに悪い。
「・・・どうしようかしら」
 問題の彼は、大きなあくびを一つした。


「で、ここに連れてくることにしたと」
 ロイは、書類の山の最後の一枚――当然ながら期日は今日だ――をホークアイに差し出した。
「ええ、許可がいただけないならまた別に考えますけど」
「犬の一匹や二匹で職務に支障をきたすことはないだろう。かまわんよ」
「ありがとうございます」
 ほっとした。ホークアイが優しく微笑む。
「・・・犬のためなら笑うんだな」
「何か仰いました?」
「いいや何でも」
 我ながら女々しい。
 ロイは苦笑するしかなかった。


「・・・犬っ!!」
「あれ?ブラックハヤテ号」
「何故ここに?」
「中尉が連れてきたんだろ」
 ブレダ、フュリー、ファルマン、ハボックは四者四様の言動を見せた。
「まあ確かに世話とか大変だろうし連れてきてた方が中尉も安心だよな」
「そうですね!うわあこれから毎日おやつ持って来てやらなきゃ」
 さすがにブラックハヤテ号を拾ってきた第一の人物であるフュリー曹長は彼に甘い。
「犬っ!犬やだ犬きらーいっ!!」
「うるさいよお前」
 ハボックがたしなめる。確かにこの声量は近所迷惑どころの騒ぎではない。
「近づかないようにすれば良いではないですか」
「当たり前だ!」
 ブレダはいつもは見られない俊敏な動作で柱の陰に隠れている。
「でもま、どうせ外にいるんだし建物の中にいればあいつもそこまでうるさくないだろ」
「そうですね」
 犬と戯れる男、犬に怯える男、そしてその傍観者たち。
「さて、フュリー曹長、そろそろ行くぞ」
「あっはい!じゃあ、また昼休みにくるから」
「来る前に手を消毒してこいバカー」
 遠くでブレダが叫んでいる。
 バカーって、女の子じゃないんだから。
 逃げてゆく彼を見ながら、三人の思いは同じだった。

 
 常々思うのだが。
 彼女は少々あの犬に甘すぎやしないか。
「いや普通でしょ。だって飼い主なんですから。それにそれ世の愛犬家が聞いたら泣きますよ。だって飼い犬に銃向けるし」
 ふと呟いた独り言に答えたのはハボックだった。
「独り言なのだが」
「じゃあ聞こえるように言わないでくださいよ」
「やかましい。私の勝手だ」
 ハボックは咥えたタバコを揺らしながら、ロイの机に書類を置く。
「ところで、今中尉は」
「ブラックハヤテ号のところですよ。今昼じゃないですか」
「外の騒ぎはそういうことか」
 先程フュリーの悲鳴が聞こえた。銃声が聞こえたわけではないので犬は無事だろう。それかもしかしたら喜びの悲鳴だったのかもしれない。それはそれで怖いものがあるのだが。
「いいんですか?」
「何がだ」
「犬に中尉をとられっぱなしで」
 意識を引きずり込まれた。
 外の様子を少しでも窺おうと向けていた注意が、一気に部屋の中、この男に向けられる。
「何が言いたい」
「言葉通りですよ」
「ハボック少尉、何か勘違いをしているのではないかね?」
「お言葉ですが大佐、私はこの発言に自信をもっております」
 少し嫌味を返してやると、滅多に使わないような言葉を持ち出してくる。
 気味が悪い。
「――私はそこまで心の狭い男ではないさ」

 宣言してから数時間後、ロイ・マスタングは行方不明になった。


「・・・だそうですよ」
 ハボックは目の前の女性に事の顛末を話す。
「そう。ありがとう」
 ありがたいとは欠片も思っていないのがすぐにわかる。
 きっと思うことは、迷惑。それか憤慨。
「大佐も意外と短絡的ですね。ちょっと焚きつけたら仕事サボってどっか行くなんて」
「そうとは限らないでしょう?」
「そうでもないと思いますよ」
 ホークアイは顔をしかめる。仕事中にプライベートを持ち出されるのをひどく厭う彼女のことだ。それはそれは心外だろう。
「だって大佐も所詮は犬好きですから」


 そして当の本人はどうなのかというと、まさにハボックの予想通り犬とにらめっこをしていた。
「………」
 しつけがよくなされているのだろうか、ほとんど知らない人と言っても過言ではないロイを目の前にしても、少しも吠えずに大人しく座っている。さすがに人がいることが嬉しいのか、じゃれついてはくるのだが。
「何故だ」
 何故ここにいるのか。これではハボックの挑発に乗ったも同然ではないか。それにここに来てどうするつもりだったのか。犬と話をつけようとしても無駄に決まっている。だからといって力づくなんてことは人としてすべきではない。
「犬に問い掛けても返事はきませんよ」
 背後から、もはや聞きなれた声。振り返らずとも誰なのかくらいわかる。
「…中尉」
 彼女は無言でロイの隣りに座って、ブラックハヤテ号を抱き上げる。
「ハボック少尉から話は聞きました」
 一番聞かれたら嫌なことを聞かれてしまった。彼はきっと面白半分だったに違いない。むざむざそれに踊らされたと思われているのだろう。実際否定はできないのだが。
「どうでもいいことばかり考えないで仕事してくださいね」
 どうでもいいこと。
「中尉」
 どうでもいいこと。
「どうでもいいことはないだろう。悪いが私は一応真剣に考えているのだよ。君はそんなこと考えてもいないだろうが!」
 確かにどうでもいいことだ。だからこそ、言わずにはいられなかった。
「私は、君が犬を飼い始めたばかりに食事に付き合ってくれなくなったり仕事を無理やり早くに終わらせるようになったのが非常に許せないのだ!」
「………ただのワガママじゃないですか」
 やっぱり、との言葉が聞こえた気がした。
「そうだ、ただのワガママだ!それの何が悪い。ワガママさえ自由に言えない権力者がどこにいる!」
「ここにいますね。では、私がこの子を捨てるか他の人に譲るかすれば満足なんですか?」
「……そんなことは誰も」
「言っているでしょう」
 ブラックハヤテ号は瞳を潤ませてロイを見つめる。ホークアイの腕の中から、まるで彼に縋るかのように。
 何だこの罪を懺悔しなければならないような気持ちは。
「大佐」
「君が犬を捨てるというのなら、それくらいなら……」
 ああ、もう泣きそうだ。
「それくらいなら、私が飼う!」
 ああ、言ってしまった。
 自分でも言っていることが支離滅裂だ。それもこれもこの犬が悪いのだ。そうすれば彼女との関係でここまで悩むことも変な嫉妬をすることもなかった。しかし捨てるとなると話は別だ。こんな目で見つめられたらなす術などないのだから。
「そうすれば君も大変な思いをしなくて済む上に様子だって事細かに知ることができる!一石二鳥じゃないか」
 そうだ、何を躊躇うことがある。仕事中の世話は人に頼めばいいしその分ホークアイの注意はロイに向く。何よりも、彼女が誘いを断らない。こうなったら犬も一緒に面倒をみてやればいいのだ。
 ……正直、家で一人はたまに寂しいし。
「……大佐。プロポーズみたいですね」
「は?」
「この子への」
 そうかもしれない、と内心思ってしまったことは一生涯誰にも言えない。


 結局のところ、悩むだけ無駄だった。
 彼女はけして変わらないし自分もさして変わらない。
 ただし、犬に対して今までよりも寛容になったのは。
 なってしまったのは。
 あのプロポーズもどきのせいではないと、信じたい。
  




 




 *POSTSCRIPT*
 30000hitゲットの水無月みそかさんからのリクエストで、ブラックハヤテ号とロイアイと東方司令部。なんだかハボック少尉が目立ってる気がするのは錯覚じゃありません。
 それにしてもブラックハヤテ号ってそれだけですげえ文字数稼げます。びっくりした。それにしても全体的に長い気がするのですが。キリリクでこの長さっていいんだろうか。
 爆弾もどきはブラハじゃなくて大佐だったんですよ、という話。結局犬が来て一番職務に支障をきたしてました。うあー

 では、30000hitありがとうございました!



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