FANG 怪我というものはそう珍しいことではない。理由はいくつかある。それが仕事だから。そういう職場に配属されたから。そして、この上司と行動を共にする限り、常に危険が付きまとうから。 「中尉大丈夫ですか?」 ホークアイはハボックに声をかけられた。ホークアイは応急処置をしながら笑って答える。 「ええ、大丈夫。かすり傷よ」 「いやでも…結構血出てますよ」 青い軍服はホークアイの血で一部がどす黒く変色していた。 「重傷者は他にたくさんいるわ。このくらいはすぐに手当てしなくても平気だから、そちらの方を先に病院へ」 今回は大した事件ではなかった。その割に負傷者が数多く出たのは、久しぶりに自分が出張るほどの事件だということでロイがはしゃいだためだ。はしゃいだというか、調子に乗りすぎた。しかし、そんなとんでもない理由でさえただの建前だ。実際は久しぶりだったため酸素量の調整を間違えたのだろうとホークアイはふんでいる。最近は雨が多かったことも原因の一つだろう。 「怪我をしたそうだな」 ハボックが去ると、今度はすべての元凶:ロイ・マスタング大佐が現れた。自分の失敗など物ともしないそのふてぶてしい態度には呆れるばかりだ。 「ええ、煙で何も見えなくなってしまったせいで、流れ弾に掠ってしまったんです」 「では私の焔のとばっちりを受けたわけではないんだな」 ロイは念を押すように確認する。 「はい。大佐の事も原因のひとつですが」 「……すまなかった」 素直に謝っている。普段ならば考えられないことだ。 「……何を企んでいらっしゃるんです?」 「私が謝ることのどこがおかしいのかね?」 ホークアイはなおも疑惑の視線をロイに投げかける。大体簡単に信用しろというほうが無理なのだ。 「傷ならば掠り傷です。たいしたことはありません。ですから大佐も事後処理に――」 ロイはホークアイの言葉を無視して、彼女の上着を脱がそうと手をかける。 「……大佐」 「何だ」 「これはどういうおつもりでしょうか」 「怪我をしたんだろう?」 「他に重傷者はたくさんいます」 「君も含めて、だ」 その言葉にホークアイの顔が強張る。その隙に、ロイは彼女の上着を脱がせてしまう。 「……これのどこが軽傷で、掠り傷なんだ?」 弾が掠ったのであろう肩から、血が流れて腕に滴る。いつもの黒いハイネックも、少しならず血を吸っている。 「君は認識を改める必要があるな。見くびらないでくれ。私はこれほどの重傷を負った部下を放って置けるほど薄情な上司ではない」 これはおそらく嘘だ。どれだけの部下を踏み台にしてこの男がのし上がってきたことか。 ここで思い上がってはいけない。『特別』なのかもしれないだなんて。 「こんな所で無理をするな。私は今この時点で君を失うつもりは毛頭無い」 いつかは失うかもしれないと思っている。常に最悪の事態を想定することは、司令官として、人の上に立つ者としての義務だ。それがどんなに辛くても、堪えがたいことであっても。 「……すみませんでした」 そのくせ思っていたよりも簡単に謝罪の言葉が出てしまったのは、この人が喪失の苦しみを知っているから。 思い上がるつもりはない。 支えきることもできない。 「わかっているなら、いい」 そのまま離れていくと思っていたロイの手が、ホークアイのそれに重なる。 「大佐?」 眉間の皺を即座に消して、目を閉じる。手の甲に、軽いくちづけ。 相変わらず気障ったらしい。 溜息を吐いて、ホークアイが問う。 「大佐、どういうおつもり――」 ですか。 声は形にならなかった。なる前に、唇が塞がれてしまったからだ。 怪我のせいか、抵抗する気力はなかった。 「大佐」 そのままロイはホークアイの肩口に唇を寄せる。 そのまま彼は、彼女の傷口にくちづける。 「大佐っ……」 ホークアイはロイの軍服を掴んで止めようとするが、さすがに止まる気配はない。 「大佐、やめっ……」 舐め取られる血液。 その度に疼く傷。 ――熱くて、まるで死にそう。 ようやっとロイの唇が離れた。口の周りが赤くなっている。もちろんすべては、彼女のの血。 「…っケダモノですか貴方は」 ロイは笑う。面白い冗談を聞いたときのように、口の端を持ち上げて。 「バレたか」 再び腕を捉えられ、あとはただ、キスを。 足に、腕に、こめかみに、頬に、額に、鳩尾に、そして唇に。 口づけて。 口づけて。 口づけて。 舌を絡めて、その熱で蕩けそうになりながら。 獣のようにキスをする。 ああ、貴方はそうやって、私を食い尽くしてしまうおつもりですか? (実は私もこうやって、貴方を食い尽くしてやるつもりなんです) まず、目を閉じて。 覚悟を決めた。 |
*POSTSCRIPT* 半年くらい越しで書いてた気がするこの話。ようやっと書きました。そう長くもないのに。もっと文章が上手かったらなんか色々書けるんだろうなあと思って止まないですね最近は。 大佐にケダモノになっていただきたかったんですよ、はい。 |
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