イスト 求めたことはない。 すべては自然な流れだ。いつのことかわからなくても。忘れることがけしてなくとも。 「君は、何か勘違いしているんじゃないのか?」 それはどこかで見た嫌な夢のように、頭の中にこびりついて離れない。 朝起きてシャワーを浴びる。寝起きは悪くない。いたずらな愛犬に起こされることは度々あるが、それだけだ。 浴室から出て髪を拭きながら冷蔵庫を開ける。金色の髪は細いためによくからまる。かきあげれば指にからまりついた。少し引く。少し痛い。 冷蔵庫の中からできるだけとるようにしている果物をいくつか。今日はオレンジだ。それから、卵とビスケット。朝食としてはそれで十分だ。ビタミンCが体にいいと聞いてから何故か欠かせなくなった。実は食べなかったところで大した違いはないということは知っている。ただの習慣だ。 犬のエサを棚から取り出して皿に盛る。床に置くとブラックハヤテ号はすぐに食べ始めた。 ぼんやりとそれを眺めながらビスケットを食べる。朝は資本だ。無理をしてもたべなければならない。ただつめこむだけの食べ物はおいしいとは思えなかった。 すべては自然、習慣づければ辛いこともない。 最近あまりいいことがない。今日も早速よろしくないことが起きた。良くない兆候だ。というより、勘弁してくれ。 「俺が何したってんだよー…」 あえて言うなら何もしていない。何かしていればこんなことにはならなかったのだろうか。何かしていれば。 しかし何かしている自分なんてものは想像がつかなかった。 「どうしようもねえ…」 頭を掻いたが苛立ちは止められなかった。焦る。迫る。諦観。 ハボックが目にしたのはロイとリザだった。彼らは二人連れ立って歩いているが、見ている立場としては胸をかき回したいくらいの気持ちにさせられた。 リザの腕を強く強くつかんで離そうとしないロイは彼女にまた転ばされそうになった。しかし彼は器用にそれをかわす。そしてリザの腕を引くとにやりと笑った。してやったつもりの彼は直後彼女に転ばされる。アホだ。 うちの上司の愛すべき美点ではあるがせめてもう少し隠してもらいたい。アホだとは。 じゃれるのもいい加減にしやがれ。切ないのは誰だと思ってるんだこん畜生。 何も知らない振りをするのも疲れるんだ。 煙が目にしみる。 知らない振りも気づかない振りも得意だ。つまり演技が得意だ。人を欺くのが得意だ。味方を騙すことすらできる。それはあまりする気にならないのだが、しようと思えば楽勝だ。残念なことに。 なので今日も自分を欺き彼女を傷つけ奴を騙くらかす。 演技派の自分をもってすればその程度楽勝だ。ちっとも楽しくない。 客観的に自分たちを見るとなんと滑稽なことだろう。自分のしでかしていることだとは到底思えない。彼女は泣いているだろうか。あの男は泣いているだろうか。こんなつもりはなかった、言ったところで無駄だ。 「君は、何か勘違いしているんじゃないのか?」 目を見開いて驚く彼女にそのままたたみかける。 「優しくするつもりはない。君は部下だ。女じゃない」 その手が痛いほど握りしめられているのを知っている。 「私は君の何だ?上司だろう」 思い上がるな。思い上がるな。思い上がるな。 「『私は貴方の副官です』」 リザの目に透明な水が盛り上がって見える。 「君がいつも言っていることだ。復唱は?ホークアイ中尉」 彼女は唇を噛み締めた。 そうだ。それでいい。そうして忘れてしまえばいい。あげくに他の男のものになればいい。 嘆くことはないのだ。すべては自然。最上の手段は、演技派にはわからない。 |
*POSTSCRIPT* 泥沼っぽくないですが穿って見ると泥沼です。多分。 |
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