いつかの夜に




 私の体をすっぽりと包んでしまうこの腕はいつでも何かを求めている。
「大佐」
「プライベートでは名前で」
「慣れとは恐ろしいですね」
 その一言でお互いそれが不可能なのを知る。今更名前で呼び合ってみる。きっと照れくさくてどうしようもないだろう。
「まったくだ」
 彼もきっと名前でなんて呼べない。きっと。
「で、何か?」
「そろそろ離していただけますか?」
 帰ろうと思うので。
 これ以上ここにいたら、どうなってしまうかわからない。この感情は気の迷い。そう思える間に去らなければ。
 彼は答えない。その代わりのように、肩にぬくもり。柔らかいくちづけというものはとても幸せで、だけれどもとても堪えがたいものだ。
「大佐」
「嫌だと言われたら期待に応えたくなるだろう。それと同じだ」
「…天の邪鬼にもほどがありますよ」
 いつもこうだ。
 こうやって、いつも惑わされる。帰してくれない。
「しかし君は満更でもない。違うかね?」
 図星なのが気に食わなかった。認めたら負けだ。
「違います。勘違いというものは幸福ですね」
「まったくだ。君は自身をだましている。それは不幸というものだ」
 ――見抜かれている。
 そんなことわかっている。彼はきっと、そうでもなければこんなことはしないのだ。
「だます?私が?何のために」
 彼の口元が少し上がる。
「保守の精神からだよ中尉。人は誰しも自分を守りたがる。そんな中他人である私のために命まで張っているんだ、君は。認めたまえ」
「認めません。自信過剰になりすぎではないですか?」
 認められれば楽なのだ。きっと認めてしまえば、こんな風に夜中一人で帰らなくても、ここで温かいまま朝を迎えられるのに。そうしてしまえばいい。そうしてしまえばいいのだ。
「過剰?ごくごく一般的だと思うがね。私ごときの自信など」
「よくもまあぬけぬけと・・・」
 泣きそうになる心を制して、なんとか声を絞り出す。
「中尉」
「貴方は自信過剰ではありませんよ」
 自信過剰?そんなものじゃ済まない。
「中尉そんなことは――」
 どうでもいい、と言いたいのだろう。確かにどうでもいい。
「ただの男です」
「…君の男性経験はそんなに豊富だったかな」
 嫌味を言う余裕があるのは喜ばしいことだ。
「お答えしかねます」
「君こそ自信過剰だ、私にとっては」
 そうやって動揺させて、どうする気なんですか貴方は。
「そう思い込むのは大佐だけですよ」
 彼は溜息を一つ、そして耳もとで一言。
「君にはかなわないよ」


 私こそ、かなわない。ほんの少しのぬくもりと囁く言葉だけで貴方に丸裸にされてしまう私の方こそ、よっぽどかなわない。
 好きなんです。好きなんです好きなんです。


 どうしようもないんです。


 いつかの夜に、貴方は笑って、私は泣いた。  




 




 *POSTSCRIPT*
 はい、38000hitの水地風火さんからのリクエストで「素直じゃないけど大佐のことが何よりも大事だと気づく中尉」を事後甘めで。
 あー・・・甘い?すいませんこんなもんじゃ足りねえよ!って言われそうですよ。やっぱ足りない?砂糖増量くらいの心持で行かなきゃだめか。

 では、38000hitありがとうございました!
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キリ番獲得者の水地風火さんが素晴らしい挿絵を描いてくださいましたー!!
ええとこのイラストですけども裏にあるので裏を探してみてください。ファイト!(死)
Under←裏への案内口



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