rouge et noir




 何だこれは喧嘩を売っているのか責任者出て来い、とは思っても口にしない。書類の不備がどうであろうとそれでどんなに手間をかけられようと自分のすることは仕事、仕事、仕事。それだけだ。正直な話、とてもおもしろくない。
「暇だ」
「でしたらどうぞ仕事を。することはたくさんあります」
「暇な気分を味わいたいんだ。ほうっておいてくれたまえ」
 ロイは机の上にだらりと上半身を倒す。リザはそんな彼を哀れみの目で見つめた。今のロイには可愛げはない。ただかわいそう、とか、無様だとか、そんなイメージばかりが頭の中に浮かぶ。見下されるよりも性質が悪い。
「…大佐。十分ほど休憩をとっていらしたらどうです?」
「何だその間は。そして何故そんなに優しいんだ」
「大佐にはいつも優しく接しているつもりでしたけど」
「君もなかなか言うな」
「おかげさまで」
 ロイは体を起こすと椅子ごと振り返り、窓の外を見た。
「……暇になりたい」
 その願いがかなわないことを一番知っているのはリザだ。その次が本人。ここしばらく無理なスケジュールが詰まっていたせいで、ろくに休みもとれない有様が続いている。しかしそれはロイだけのことでなく、もちろんリザも、それから一部の仕官も休みなしで働いている者はいる。
「働いているのは大佐だけではありませんよ」
「労働基準法を作るべきだと思わんかね。今の状態では過労死が続出する」
「軍人が死ぬ分には、民衆はさほど気にしないのでは」
 ロイは眉根を寄せて黙り込む。それは確かに予測される事実だ。
「…では、賭けようか、中尉」
「何をです?」
 リザ自身、賭け事は嫌いではない。意外にも、と言われることは多いが、軍で働くということ、要するに戦場に出るということはそれ自体が賭けだ。命をかける割りに得られるものは少ない。ハイリスクローリターン。最悪だ。
「今から私は自宅に帰る」
「は?」
「それからの私の行動を予想してみたまえ」
「…私の利益は?」
「明日は休暇だ」
「では、大佐の利益は?」
「明日の休暇」
「では、リスクは?」
「仕事量の差だろう。何なら罰ゲームでもするかね?」
「悪くないですね」
「そうだろう」
「ただし、今日も明日も休まずに働いた方が効率は良い」
「賭け事に理屈が必要か?」
「ある程度は。けれど今回の場合は要りません」
「…ベット?」
 少しだけ考える。今帰られてもおそらく予想することは一時間程度の内容だ。それならばまたすぐに帰ってきてもらって仕事をさせればそこまで大変なことにはならない。効率の問題も解決だ。一時間余分に仕事をすればいいだけのことである。第一、この程度のことならばできないわけがない。負けそうならば勝てばいいのだ。単純にそれだけの話である。できるかできないかではない、できなければするのだ。やろうと思えばどうとでもなる。
「…コール」
 ロイはにやりと笑う。何か性質の悪いものに引っかかったような気もするがそれはきっと気のせいだ。この世の中に気のせいでない出来事なんて、本当はひとつとして無い。



 



 *POSTSCRIPT*
賭け事に詳しくないので割りと適当ですがrouge et noirはトランプ賭博でコールはポーカーじゃないのかと思いつつまあいいやとか言っちゃうのはだめですかね。
賭けをしたからといって結果を出したりはしません。まあどういう結果になったのかというと二人とも二日間仕事をしました。要するに引き分け。お互いを理解しているからこその一進一退。



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