クソッタレな親友に捧ぐ (海の底 夏木+冬原と見せかけて冬聡) 冬原のごく私的な交友関係は謎の一言に尽きた。以前の話だ。彼は夏木が思っている以上に真面目で仕事に対してストイックである。けして仕事にプライベートを持ち込まないし、プライベートで仕事のことを漏らしもしない。あれで意外と溜め込んでるのかもしれない、と気付いたのはいつのことだったか。 今はもう覚えていない。 出会いは大学だった。 初めはやたら立ち回りがうまいやつがいるなと思ったくらいでそんなに意識したこともなかった。冬原だってそうだろう、どうせ熱血バカがいるくらいにしか思っていなかったはずだ。もしかしたら気付いてもいなかったかもしれない。 それが変わったのは一瞬だった。 成績だ。 体力には自信があった。実際今まで張り合える人間に会ったことがないくらい運動神経は良かった。だから油断していたというわけではないが、まさかだった。まさか100m走コンマ1秒差、ギリギリまで迫ってくる奴がいるとは。 正直他の奴らとは1秒くらい差をつけてやるつもりだった。 「夏木ってお前?」 話しかけてきたのは冬原からだった。いつもソツなく笑ってしゃべっている男だが、このときばかりは違った。目が笑っていなかった。 見た目に騙されたらえらい目にあいそうだ。 「そうだけど、何か用か?」 「速いな、100m」 「そっちこそ。コンマ1秒差だろ」 「まあそうなんだけどね」 何が言いたいのかわからない。というよりも何をしに来たのだこいつは。 「されどコンマ1秒だ」 すうっと音を立てるように冬原の顔から笑みが消えた。 ソツがなくていつも楽しくふざけているように見えてこいつは。 「全部自分が一番じゃないと気が済まねえのかよ」 「よく分かったね」 冬原は100m走以外に関しては負け知らずだった。実習だろうが筆記だろうがすべて一位。ちなみに二位は夏木だ。実は非常に悔しい思いをいつもしていた。 「しかも俺100m自信あったんだ。今まで負けたことなかったし」 「俺も今んとこ誰にも負けたことねえよ」 過去形と現在形の差がそこにはあった。きっと冬原は内心煮えくり返るほど悔しいに違いない。 「じゃあ次は俺が勝つよ」 叩き落としてやるよてめえ。 「それ言いに来たのか」 「そ、宣戦布告」 「楽しみだな」 「こっちこそ」 最初はそんな風だったはずだ。いがみ合っていたというかお互いの負けず嫌いが全面に出た結果というか。 いつからか話せる奴に昇格し、親しい友人と呼べるようになり、同僚になった。二人で無茶をやるのは正直楽しかった。 しかし。 「楽しいじゃ済まねえよ…」 「で、写メとムービー保存するためにSDカード新しいの買ってさ、これで海と洋の写真とっておけるだろ。ほらまだあるんだよ海が初めて歩いた時のムービー。これ超かわいい。マジかわいい。ヤバいよ。夏木見たことあったっけ?」 100回は見たことがあると思う。 「やっぱさー、家族の写真はいつでもどこでも持っときたいからさあ。聡子の写真も撮らしてって言ったらやだって言われちゃって。あ、だからこっそり撮ったんだけど。けっこううちの奥さん恥ずかしがりなんだよね」 それはお前が恥ずかしいからだ。絶対そうだ。 「まだ写真撮るのか」 冬原のベッドの天井は家族の写真だらけである。夏木からすればもういいんじゃないかと思うくらい。 「まだもくそも。毎日撮りたいできるなら」 「…記念日とか好きそうだよなお前」 「いやあんたが無頓着すぎるんでしょ」 あーあ、望ちゃんかわいそ。 お前に言われたくないというのが本音だ。 「ちょっと前まで自分が一番だったのになお前」 「何年前の話だよそれ。聡子に会ってからは一番返上したよ俺。どう頑張っても勝てねえもん。惚れた方が負けなんだから」 でもあんたのとこは逆だよね、冬原はからからと笑う。 夏木と望の場合は別だ。最初に惚れられたはずの夏木は惚れた側である望にただの一度も勝てためしがない。 「昔はね、俺も若かった」 女の子もとっかえひっかえできたしね、学生時代から異様にモテた男だ。 夏木としては、彼が何故聡子を選んだのか最初はわからなかった。当時の艦長が場を整えてくれた合コンで少し話しただけの女の子を無理やり連れ出して。その翌日に話を聞けば、付き合うことになったよと一言。詳しいことは何も言わなかった。よくよく考えればあれは夏木を警戒していたのだ。付き合いたての恋人が万が一にもかっさらわれないように。 杞憂だけどな、今なら言える。ただ望と会う前だったらどうなっていたかはわからないけれど。それでも夏木は友人の女を横取りする度胸はないはずだ。 「幸せだなお前」 「そりゃもちろん」 冬原は嬉しそうに笑った。 ひどく真面目な男だ。よく笑うしよくしゃべる。自衛官には珍しく弁が立つ。負けず嫌いで弱味は巧妙なまでに隠す。辛いことをすべて溜め込まなくなっただけでも良しとする。 聡子から、横須賀の事件の後で冬原が泣いたことを聞いた。秘密だと言って。 「夏さんには言っとこうと思って。あの人は大丈夫だから」 「そうか、良かった」 「夏さんみたいな人がハルの友達で良かった」 親友が幸せを手に入れたことを、心の底から嬉しく思う。少しだけ悔しいくらいに。 |
約束のあとで (海の底 冬聡「約束をしよう」蛇足) 「断られたらどうしようかと思った」 「何を?」 「プロポーズ」 冬原は聡子と繋いだ左手を大きく振った。 「ちょっ…ハル!急に引っ張んないで!」 自衛官の力で少し大きく動いただけでも、聡子にとってはかなりの衝撃だ。 「ごめん。時々ちょっとだけいじめたくなるんだよね」 「誰を?」 「聡子を」 「いたぶられて喜ぶ趣味はないわよ」 「知ってるよ。でもかわいいからさ、つい」 「小学生か」 こうして二人で出かけるのは久しぶりだ。他愛もない会話をだらだらとすることも。 「…断られたらとか、考えてるようには見えなかったなあ」 「余裕見せないと聡子が不安になるだろ。ずっと前から言うつもりで外堀埋めてきた身としては本番でかなり緊張したよ」 「外堀埋めてきた割にはなんにも言わないんだから」 「…ほったらかしでごめんね」 「しょうがないでしょ。我慢したいって言ったのはあたしだし。それでもハルが好きなんだから」 「…聡子はアレだね、時々かわいすぎるところがいけないね」 聡子が辛くなったら別れてもいいというのが大前提だったのに、実際そうなったら未練たらたらで、絶対に諦められなかったはずだ。こんな風に言われたら特に。 「指輪、外さないでね」 冬原は聡子の左手をとって薬指の先にくちづける。 「うん」 これは証だ。聡子が冬原のものだという。 「聡子は俺のだから」 「ハルもあたしのよ」 今さっき買った指輪はその場でつけて帰った。ハルが予行演習、と言いながら左手薬指にはめてくれた。ジュエリーショップでなんてことをと思ったけれど、この男前が自分のものだという優越感もあったりして、ちょっと性格悪いかも自分、と思って。 「辛くなったら勝手に別れたことにしてもいいっていうのはもうなしだから。これからは一生手放さない」 冬原は優しい目で甘い声で厳しいことを言うときがある。けれどその束縛を受け入れると聡子は決めたし、別の誰かがこの甘い甘い縛りを受けるなんて考えただけでもぞっとする。 「いいよ。離さないで。ハル以外の誰かのとこなんか、もう行けない」 指輪をしたときから決まっていた。彼を受け入れたときにすべては決まっていたのだ。 「――しまった」 冬原は聡子を見てなんだか痛そうな残念そうな顔をする。 「何、どうしたの」 「今すっごく聡子を抱き潰したい」 あんまりに真剣な顔で言うからびっくりした。と同時に笑いが込み上げてきた。 「抱き潰すって!」 「いや俺は本気だよ?そんで最終的には押し倒したい」 「そこまできたら冗談じゃ済まないじゃない」 「冗談にする気ないよ。さすがに路チューできるほど若くなくて」 「残念」 ここが公道でなくて聡子の部屋なら思う存分べたべたできるのに。 「ハルって結構スキンシップ多いわよね」 「前はそうでもなかったんだけど」 「じゃあ何で?」 「この子は俺のだから手ぇ出すんじゃねえぞって見せつけたいからかな」 こういうことを路上でさらりと言うのは問題がないのか。 「聡子顔赤いよ」 誰のせいよバカ、冬原の腕に顔を押し付けて呟けば額にキスが降ってきた。 おでこはセーフ、冬原はそう言ってにやりにやりと不遜に笑う。 |
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