手のひらから透けて見えるのはうざったいほどの赤。黄みがかったそれは空一面に広がっている。夕日を見る習慣など自分にはなかったはずだ。
「起きたか」
 礼もなく襖を開けたのは見知った女だった。
「どのくらい寝てた」
「朝からずっと」
 思っていたよりもずっと長い。高杉は舌打ちをする。
「おまんはもっと寝た方がいいんじゃ」
「こっちには死活問題だ」
「ちいっとばかし寝過ごしたくらいで死ぬようならさっさと死んでしまえ」
「お前は酷ぇ女だなあ」
「ああ、酷か女じゃ」
 高杉はそれでも寝床を離れようとしない。陸奥はそれを見て顔をしかめた。死活問題と言ったその口はまだぼんやりと窓に向かって、夕日に向かって開いていた。
「いつまでここにいるつもりじゃ」
「夜明けまで。日が落ちるのは好きじゃない」
「寝過ごすにもほどが」
「寝過ごしたくらいで死んじまうほどかわいらしくはないもんでな」
 高杉は煙管を取り出すと火を入れた。煙がふうっと天井に向かう。消える様はうたかた。吐く男もまぼろし。本当のことなど一つもないというのに、何故自分はここにいるのか。
「陸奥」
 何故こっちに来いと手招く男に反発する気にもならなかったのか。
 陸奥は上半身を起こした高杉の隣に座る。煙い。
「みぃんな、阿呆じゃ」
「あ?」
 なんでもない、と言ってやれば高杉は訝しげに眉根を寄せた。陸奥はその高杉の眉間に触れて頬に触れてくちびるに触れる。
 恐ろしいわけではなかった。愛しいわけでもなかった。人恋しいわけでもなかった。殺されたいわけでもなかった。
 くちづけを、陸奥は震える声で呟いた。







くちづけを
Please kiss me,please.
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