瞼




 常々、思うところはあった。しかし考えることがいけないことのような気がして仕方がなかった。ちょっとした悪戯に喜ぶような気分。そのあとはきっと先生に怒られるのだ。昔のように、自分は萎縮してしまうだろう。今の先生は、いや、愛する上司は彼よりも怖い。
 ハボックは出勤途中のロイを見つけて違和感を感じた。違和感の原因は見ればわかった。堂々としているのはかっこつけたいか気づいていないかバカだからのどれかだろう。バカだからと素直に言ったら火達磨にされる気がする。それは高確率で当たりなのだから始末におえない。
 だからこそ――そう、だからこそだ。他意はない――からかうことに決めた。
「朝っぱらからお熱いことで」
「何の話だ?」
「またまたー、わかってるくせに」
 ハボックは煙草を灰皿に押し付ける。携帯灰皿は必須だ。最近は火事が増えている。
「お前は何か勘違いをしているだろう」
「いや、大佐その顔で何を言っても説得力はないですよ」
 ロイは頬に手をやる。腫れていた。
「…まあ男として名誉の勲章には違いあるまい」
「気づいてなかったんですか」
「誰がだ」
「大佐が」
「……」
(アホじゃねえの)
「今お前よからぬことを考えただろう!」
「何でですか!気づかない方が不思議っスよ!第一中尉には何も言われなかったんですか?」
「…彼女は何も言わんよ」
 ロイはかっこつけてそんなことを言うが正直かなり寒い。しかも自分で今暴露してしまったことに気づいていない。少しだけ『この上司はこれでいいのか』を司令部に行ったら協議しようと思う。
 リザ・ホークアイ中尉とロイ・マスタング大佐が今日すでに会っているはずはない。
 何故なら今ロイは出勤している最中であるし、リザは休みだ。かまをかけたら引っかかる。素直な上司、万歳!
「それイジメじゃ…」
「何でそうなるんだ!イジメじゃない!断じてイジメじゃないぞ!イジメカッコ悪い!」
「自覚はあるんですね」
「やかましい!」
 簡単に食ってかかってくるのはあまり良くない傾向だ。多分また相手にされなかったんだろう。考えてみればこの頬もたいしたことではないし、それほど珍しくもない。
「何で中尉は何も言わないんですかね。カッコ悪くても怪我は怪我なのに」
 彼女がロイの怪我に気づかないということは考えられなかった。
(だって中尉大佐マニアだしな。銃も好きだけど)
 ただし、その頬が彼女の仕業だというならば話は別だ。
(そろそろ我慢できなくなったかな)
 この悪行に満ち満ちた男の女でいるのは厳しいものがあるだろう。彼女はそんな苦行の道をよくやっている、とハボックは思う。ただしこれはあくまで彼の客観であって主観ではない。彼女が何をどう思っているのかはわからなかった。
 しかしどうせならもう少し面白い悪戯をしでかして欲しかった。どうせ居眠りするであろう彼の瞼の上にもう一つ目を描くとか。そしたら今日の居眠りを見逃してしまう自信がハボックにはあった。




 



 *POSTSCRIPT*
 後日談。

 うららかな日差しに窓からは逆光。ロイは居眠りをしていた。予想通りだ。
「あーあーあーったく仕事まだ残ってるってのに」
 顔がよく見えないのだがこうも微動だにしないということは間違いない、居眠りだ。どうせなら鼻ちょうちんくらい出してくれないものかと本気で思う。
「大佐、大佐起きてくださいよ。明日出勤してきた中尉に怒られますよ。っていうかもう今夜怒られますよ。大佐ー。大…」
 ハボックはロイの肩を揺らす。起きる気配が一向にない。やってられない、本気で思ったところに彼の顔が飛び込んできた。
「………!!?」
(描いてある…!!)
 睫毛ばしばしな少女マンガ風味の輝く瞳がその瞼の上にあった。
 腹筋を抱えながら、ハボック少尉、カメラを取りに退散(笑)



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