mine




 口に出さないことは容易。
 気づかない振りは困難。
 動揺を隠すのに必死。
 よりにもよって、と思う。よりにもよって今見つけなくても良かったのではないか。もうそろそろ間に合わずに残業に突入、なんて嫌な時間帯。これから数時間はここにいなければいけない。憂鬱だ、ひたすらに。
 書類を届けたときにふと気づいた。軍服の襟からのぞいた赤い跡。「虫さされですか?」とでも言ってやればよかったと思う。あまりのショックで少しだけ目の前が真っ暗になっただなんて言えない。あまりの当然、必然さに表情を取り繕うのがそう苦でもなかったことが一番ショックだ。
 私はあの人の何。
 そう思ってしまったことが悔やまれてならない。


 執務室を出てから数時間が経った。
 そろそろロイの仕事も一段落つくころだ。
「あ、中尉。ここ間違えてますよ」
 彼女達のほかに唯一残業で残っていたハボック少尉が、出来上がったはずの書類を手にしていた。
「え?」
「ほら。ここの日付」
「ああ、ごめんなさい。ありがとう」
「でも珍しいっすね」
「何が?」
「そういう間違いあんまりしないのに、中尉は」
 簡単なミスをするのは主にロイだ。そしてリザがそれを修正して提出する。今回は見落としてしまったらしい。
「たまには間違えることもあるわよ」
 彼女は素早くそれを直すと、ハボックに返した。
「提出しておいてください」
 早歩き気味にリザは席を立つ。おそらくは執務室だ。
 大部屋の扉が閉まる。
「たまには、ねえ・・・」
 不穏な空気を感じ取り、ハボックはさっさと帰ることに決めた。


 いつも通り、それが肝要だ。
 心の中で三回ほど呟いてから、息を吸って扉をノックする。
「失礼します」
 冷たいドアノブ。この冷たさを拒絶のように感じてしまうのだから相当だ。
「大佐」
 ロイは何も言わずに机上にある書類の山を目で示す。
「終わったよ」
「そうですか」
 それはよかった。
 色々な意味で、この上なく安堵した。さあ、明日からはどうしよう。
 リザは書類をまとめ、それを手にして執務室から出ていこうとした。
「では大佐、お疲れ様です」
「ああ、そうだホークアイ中尉」
「何でしょうか」
 ロイは呼び止められたことが実に不快であるといいたそうな彼女を見て、溜息をつく。
「この後は暇かね?」
「暇じゃありません」
 今日もまた残業だ。部下に仕事を任せて帰ることのできる司令官は楽でいい。もっとも、彼も残業を終えた後なのだけれども。尽きることのない厄介事や仕事の山に眩暈がしそうになる。
「では時間を空けてくれ」
「・・・何かあったんですか?」
「食事にでも行こう。このままだと食べ損ねるぞ」
 時計を見ると、もう深夜近い。食堂はすでに閉まっているから、外へ食べに行くしかない。
「仕事熱心は大いに結構だが自分の健康管理にも気を配ってくれ。もし君が倒れでもしたら私はどうしようもなくなる」
 これは一体殺し文句か正論か。
 おそらく両方なのだろう。
「・・・・・・わかりました。お付き合いします」
 見抜かれているようでどうにも癪だった。
「ああ」
 ロイは安堵した、とでもいうように頷いた。
 そういうところが好きじゃない。大事にすべき人がいるのなら、わざわざ他の女に気を使わなくてもいいのに。
 少しでも気にかけてもらえて嬉しいと思う自分をひたすらに嫌悪する。
「君はもっと感情を表に出した方がいいと思うがね」
「どういう意味でしょうか」
「どうもこうも。そういう意味だよ」
 彼はすでに気づいている。
 この動揺の原因に。知っていて話を振るのだ。意地が悪い。
「かみつかれたいんですか?」
「さあそれはどうかな」
「貴方という人は・・・」
「はっきりしたまえリザ・ホークアイ中尉。君の望みは?」
 望み――
 もうやめてやきもきさせないでもういいでしょう遊びは終わりですどうか他の誰かのところになんて行かないで見せつけないでやめてください遊びは終わり。
「何もありません」
 嘘だ。
「本当に?」
「本当に」
 手が震える。いっそこのまま意識を失うことが出来たなら。
「なるほど。そういうことなら私も勝手にさせてもらおう」
「・・・・・・大佐?」
 見上げる顔が凍りついた。
 そしてそのまま強い力で腕をひかれて、くちびるに。
 かみつかれる。
 ぬくもりを感じる暇もない。
 突き動かす力は本能。
 ただただ乱暴に、貪欲に、くちびる、頬、耳、首。
 かみつかれる。
 血が出なかったのは奇跡に等しい。
「君の望みは?」


 言葉は、声にならなかった。




 




 *POSTSCRIPT*
 はい、42999hitのユウさんからで大佐につけられたアトを見て動揺する中尉という個人的に萌えにもほどがあるリクエストでした。
 ぎゃーもうリクエスト見た瞬間からにやけが止まらないという恐ろしいことになってたんですけれども(ほんとに怖いよ)こ・・・こんなのでいかがでしょうか・・・

 では、42999hitありがとうございました!



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