密室にて




 ――密室にて。
 泣いても叫んでも誰も来ないということは、とても都合がよかった。あたしがこの男と二人でいる手段としては、それ以上のものは無い。
「こいつらバカだよな」
 彼は言う。その視線の先にはテレビ画面。そしてそこで上演されている古い映画。古いせいだろうか、画像はあまりよくない。
「は?」
「こいつら」
 彼の言う『こいつら』とは、この映画の主人公とヒロインだ。何がバカなのかというと、おそらく演技力が無さすぎることが問題なのではないだろうか。薄ら寒い愛の言葉が白々しく響く。もちろん、白々しくない愛の言葉というものが存在するのかどうか、あたしは知らないのだけれども。
「……文句つけてもしょうがないんじゃない?」
 テレビの中で男と女が抱き合っている。それを見ながら、ああバカみたい、傍観者たちは呟く。
「何も言わないほうが虚しいだろ」
 そうでもないと思うけど。その言葉を飲み込んで、あたしはテーブルの上に置いてあるウーロン茶を一口飲む。
 ソファの上には薄汚れたクッション。それから彼と、あたし。彼はその薄汚れたクッションを抱きしめ、テレビ画面を見つめ続ける。あたしが見ているのはその横顔だ。どことなく不機嫌そうで、眉根を寄せている横顔。
「つまんねえ」
「選択ミス、ね」
「うるせえよ」
 彼はあたしにクッションを押し付ける。それがまだ温かいので、あたしは思わずにやけてしまう。
「つまんねえ」
 つまんないわ。
 拍子抜けした気分だ。
 だってここにいたって。二人きりの密室で、あたしと彼がここにいても何も起こらない。何も起こさない。
 ――つまんないわ。
「もうちょっと内容見て選んでよ」
「それなら見るな。お前さっさと寝ろよ」
 そう言われてもあたしは絶対寝ない。彼が寝るまで、自分の部屋になんか戻らない。戻らない。
 つまんないのよ。
「いや」
 彼はそれ以上何も言わない。あたしはそれを知っているから、すっかり安心しきってしまう。
「頑固者」
 卑怯者が何を言う。
「お前心底バカだよな」
人のこと言えないくせに。
「信じらんねえ」
 信じらんない。
「……そこまで言わなくてもいいと思うの」
 あ。
「ばーか」
 彼は笑って、とても晴れやかに笑ってあたしをバカにする。
 ああ。
「いいもんね何言われても」
 あたしは好き勝手にするだけだから。(きっと恐ろしくてできないけれど)
「でもあたしお兄ちゃんのこと好きよ」

 あ。

 ああ。


 ―――あ。

 奴の動きが止まる。
 笑ってくれない。
 ここで笑ってしまえばいいのだ。冗談よ。そう言って誤魔化すんだ、早く。早く、早く。なのに何で口が動かないの。何で指が震えてるの。
 映画からはけたたましい銃声。とても白々しいその音は、乾いた空気を突き抜けてあたしの耳の鼓膜に届く。テレビの中で、悪役の男が死んでいく。心臓を撃ち抜かれて死んでいく。あたしの思いは彼と同じだ。
 ――しくじった。何故こんなことに。

「何照れてんの?」
 きっとあたしは上手く笑えてなかった。もしかしたら泣きそうになっていたかもしれない。
「……別に」
 あえなく玉砕。この人は、あたしが『好き』という言葉を使ったのに対して引いた。失礼な奴です。たわけた男です。そしてそれに気づいて慌てて誤魔化そうとして、そうしてしまったあたしはクソです。
 この場で泣き叫んで、この男を困らせることさえできなかったクソ女です。


 泣いても叫んでも誰も来ないということは、とても都合がよかった。
 本当のところ、この男を押し倒してやりたかった。ただ一言、参った、と言わせてみたかった。どんな手段を使っても。
 あたしにそんなことはとても無理だったけれど。

 密室で、二人。
 何も起こらないまま、もうすぐ夜が明ける。





 





 *POSTSCRIPT*
 オリジナルです。ええオリジナル。まあほぼ実体験ですが。
 いや実体験といってもですね、こういうシチュエーションが実際にあったことでありまして、好き云々はまったくの創作です。
 毎年年末は従兄と二人で夜明かしします。ビデオを四本から五本くらいレンタルしてきて、一気に見ます。他に何をするでもなく、ただ座って映画を見ます。
 そんでもって次の日はまた一日寝て、夜にのそのそ動き出す、と。正月やら年末やらをいいことにダメ人間ぷりが発揮されてますねー

 それで結局なんなのかというと、あたし実は幼なじみとか兄妹ネタとか好きなんですよ、という話。



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