モラル
振り向いた瞬間に腕を絡めとられて、息もつかせぬほどのキス。 「んっ……」 苦しい。 それはとめどない口づけのせいか、体を壁に押さえつけられているせいか。 抵抗の手を止めようとしている自分に気づき、ホークアイはロイの唇を噛んだ。 ――微かな鉄の味。 体を押さえる力が少し弱まった。その隙を逃さずに、渾身の力を込めてロイを突き飛ばす。彼は数歩たたらを踏むが、倒れるまではしなかった。 二人の荒い息遣いが先ほどまでの行為を如実に物語っている。 「痛いな」 「…当たり前です」 ロイの口の端につけた小さな傷。これを見て同僚や部下たちは何を思うだろう。こんな時でも冷静な自分に腹が立った。 「…っどうしてこんな事するんですか?」 何も私でなくてもいいでしょう? 怒りを少しでも抑える努力はしたが、成功はしなかった。 「したかったから」 「―――――っ」 その痛いほどの怒りを毛ほども気にせずにロイは言い放ち、真新しい小さな傷に触れる。まるでいとおしむかのように、優しく。 「何を考えてるんですかあなたは!」 「そうだな、おそらく君が望まないことばかり考えているよ」 ――呆れた。バカじゃないのか。 「何が仰りたいのですか?私には…」 「分からない?本当に?」 分かっている。本当は。 この男にそんな素振りを見せることが嫌だった。 「……インモラルですよ」 そう、それはそれは信じられないくらい、この男は不道徳だ。 「ここは職場です。しかも廊下ですよ。誰がいつ来るかもわからない。こんなところを見られたらどうするんですか?」 言い訳はできない。彼はきっとしないだろう。 こんなことでもし彼の野望が潰えてしまったら、後悔するのはきっと自分だ。 「もう少し常識と道徳をわきまえてください」 インモラル。 そう、この男はまったく不道徳で、あまりに愚かだ。 「君の言うモラルとは何だ?」 再び手首を捕まれる。抵抗できなかった。 「世間体を前提としたいわゆる常識の塊。それが君の言うモラルなのか?」 「大佐」 放してください。 きっとそれは通じない。相手はロイ・マスタングだ。 「確かにそうだな。モラルとは社会的秩序を守るための基準だ。間違いではない。いや、むしろ正解だ。しかし、私は君に触れたいから触れた」 「大佐!いい加減に――」 ロイは掴んだ手首を再び壁に押し付ける。それと同時に、ホークアイは背中を強か打ちつけた。 「そんなことさえかなわないのがモラルなら、私がぶち壊してやるさ。この手でな」 背中が痛む。 手首に更に力を込められる。動きを抑えるためとは別の意味で。 彼の顔が近づいてくる。 唇の触れ合う一瞬前、ホークアイは言った。 「開き直って自棄にならないでください」 ロイの動きが止まる。 「迷惑です」 とても迷惑だ。 そうやっていつもこの手を放してくれないのだから。 そしてモラルを壊すのだ。 「どんな道徳や常識の下でも、あなたは確実にインモラルです」 品行方正だなんて、まさにあなたの対義語でしょう? ロイがホークアイの手を放す。口の端には小さな傷、手首には赤い痕。 「それならば君はきっと私より不道徳だ」 乱暴に冷静にどこまでも踏み込んでくるのだ。逃げられないところまで追いつめてから。 質が悪い。 二人はしばらく睨み合う。 見つめあう?そんなことできるわけがない。この凶悪さに惹かれているのに。 この乱暴さが、愛しくてたまらないのに。 「……そう仰るならそれで結構」 質が悪い。やめられないのだから。 「仕事、まだ残ってるんですから。早く来て下さいね」 ホークアイは容易くロイの腕の中から抜け出し、歩き始める。 「ホークアイ中尉」 「何ですか?」 あれだけのことをしても髪に一筋の乱れもないというのは憎たらしいな、と思った。 「今夜夕食でもどうかね?」 「……条件次第です」 彼女はその身を翻し、まさに毅然と去っていった。 ロイは口の端を持ち上げて、にやりと笑う。イタズラが成功した時の子供のように。 さあ、今夜モラルをぶち壊そうか。 常識にはもううんざりだ。 ワイルドに情熱的に インモラルに破滅的に 今日も君にキスをする |
*POSTSCRIPT* 初めて書いたロイアイ小説を手直ししまして。かなり最初のとは変わってしまったのですけれども。でも大筋はあんまり変わってないです。でもこれ私が書いた初めての版権物だったりして。またもやしょっぱなからみなさん凶暴ですね。しかもしょっぱなからキスしてますよ。経過は一体どこに。 ……寛大な心で読んでやってください。 |
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