無垢にして狡猾




 自分の頭脳を鼻にかけるつもりはないが、それなりにいい方だと思う。何故ならば自分は学校の成績はトップだし錬金術にも興味を持ってたりするからだ。しかし頭が良い、要するに机上の空論に長けている者と実行に移すことができる者との間は深く険しい溝がある。頭だけで考えずに実際やってみればいいのだがそうもいかないと何故か思っている連中だ。しかしながら自分は実行力という点でも優れていた。ある程度は。
 ある程度頭が良くある程度実行力がある。それだけで周囲は神童だの天才児だのと子どもを囃し立てる。十年経てばただの人、その言葉は本当で、そういう子どもたちはただ少しばかりませているだけなのだ。
「また勉強?」
 しかしそこのところを努力でなんとかしようと思う人間はいるわけで。自分はそんな人間の1人だった。
「そう、だから今日は遊べない」
「今日もの間違いじゃないの?」
「リザは頭がいいな。その通りだよ」
 この小さな幼なじみ殿はお姫様だ。いつでもどこでも逆らうわけにもいかない。何しろ歳が随分と離れていたので面倒を見ないわけにもいかなかったし、自分が知るかぎり最も話せる子どもだったからだ。
「その頭がいいっていうのは嫌い」
「だろうな」
 人と違うことへの戸惑いやためらいは彼女には無い。ただ、彼女には自分がいた。頭がいいままでいようとする自分の背中を見ているせいか彼女は努力をしない。それなのにやれば何でもできてしまう。器用なのだろう。
「今日は遊べない。帰りなさい」
「いや」
「リザ」
「いやよ」
 いつもならば言うことをすぐに聞くリザが、今日に限っていつまでも帰ろうとしない。何かあったのかと思い顔をのぞきこんでみると、リザは真っ赤な顔でスカートのすそを握り締めていた。
「…リザ?」
「何でそんなに勉強するの?さっきおばさんが話してたわ。ロイは何でもできるから将来が楽しみだって。わたしは将来ロイが何になってもいいの。でも一緒にいたいの。ずっと一緒にいたいの」
 リザは今にも泣きそうだ。この分だと明後日には士官学校へ通うために家を出ることも、彼女はうすうす感じ取っているのだろう。『一緒にいたい』こんなことを言ってくれるのがリザしかいないというのも随分な話だが、一人もいないよりはマシだ。
「追いかけておいで」
 ロイはリザの手に自らの手を重ねて、握り締めすぎて真っ赤になった手を開かせる。
「リザは俺を追いかけておいで。待ってるから。そしたらずっと一緒だ」
「…約束してくれる?」
「約束」
 小指を差し出すと遠慮がちに小さな小さな小指が絡まってくる。それでもリザは泣かない。きっとロイの前でリザは泣かないのだろう。多分、彼が出発するまでは。それでも、彼の姿が見えないとき、彼女が泣いてくれればいいと思う。悲しんでくれればいいと思う。残酷でも狡猾でも、忘れることの得意な大人よりはリザに想いを託す方がよほど安心だった。
 幸か不幸か、自分のために誰かを傷つけたからといって、傷つくほどの繊細さは持ち合わせていなかった。



 



 *POSTSCRIPT*
 2人が幼なじみだと年齢にけっこう開きがありそうです。だって大佐三十路過ぎだもんねもう。大佐中学生のとき中尉小学校低学年とかそのくらいじゃないのもしかしたら。



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