わたしはなかない




 泣くこと。
 叫ぶこと。
 歌うこと。
 囁くこと。
 そんなもの私は知らない。


 その昔――と言うほど昔でもないのだけれど、忘れ去ってしまうほどには昔――父がいた。
 母は知らない。物心ついたときにはいなかった。父はとても厳しくて優しい人だった。それだけは覚えていたのだ。頭の隅に忘れられずにその思いが、姿が残っているのだから、私はきっと父が好きだったのだろうと思う。情緒が欠如しているのではないかというほど無愛想な子供の私に、母親がいないから、で片付けられる陰口を気にするなと言い、誤解されても常に自分は正しくあれと教え込んだ人。
 彼は軍人を毛嫌いしていた。この国が悪くなったのは軍のせいだと言って。そんな彼が今の私の姿を見たらどう思うだろう。悲しむだろうか。嘆くだろうか。喜ぶことはありえない。それだけははっきりと言える。


 手をつないだことを覚えている。
 手をつないで家に帰った。
 待っている人なんて誰もいなかったけれど、毎日もしかしたら、と扉を開いては絶望する日々を送った。
 きっとそのせいで待つことに慣れてしまったのだ。
 涙を我慢することにも。
「ホークアイ中尉」
 飛んでいた意識を急速に引き戻される。
「はい?」
「今日はもう勘弁してくれ・・・」
「何言ってるんですか大佐。まだまだ仕事は山積みですよ」
「明日やるさ」
「明日やる暇があるなら溜め込むのをやめたらいかがですか」
「・・・考慮する。中尉」
 いつもと同じ他愛のない会話だ。結局この後いつも通りならばロイは諦めてしぶしぶデスクワークを続けることになる。
 いつも通りであるならば。
「・・・何が、あったんです?」
「緊急事態だ。と言えばわかってもらえるかね?」
「またいつものデートですね」
「そんなところだ。帰してくれるだろう?」
「・・・・・・女性を待たせるのは至極失礼なことですよ」
「そう言ってくれると思ったよ」
 ロイはコートを手に取り机の上を片付ける。これから大事なデートだ。急がなければならないというのに。
「では、お気をつけて」
「今夜君は当直だったかな」
「ええ」
「・・・わかった。もしものときはよろしく頼む」
「もしもはいりません。確実に明日も出勤なさってください」
「君のそういうところが好きだよ」
「それはどうも」
 ロイは忙しなく執務室を出て行った。
 これから彼の行く先は女の子と楽しいデートなんて生易しいものではない。一つは情報を得るための行動。誰かに知られるのも厄介だったからあえて使ったデートの言葉。ついて行こうかとも思ったけれど、あまりに不自然な上に牽制されてしまった。
 上層部に喰らいつく、そんな大それたことは生半可な覚悟ではできないのだ。


 あのころ私は中央に住んでいた。
 父は私が仕官学校に入学する前に事故で死んだ。誰かに殺されたわけでもなんでもない。本当に、紛れもなくただの事故だ。つまらない死に方だとは思わない。彼は私をかばって死んだのだから。
 士官学校へ行って出会ったのは得難い相棒と服従を誓った男。
 今の私は自分の正義を貫くために生きている。 


 父さん。
 父さん。
 愛していたのよ。
 泣いてもいいと言ってくれました。
 けれど私は泣かない。
 ごめんなさい。私は正しく在ろうとしてすべてを騙して生きています。
 親愛なる父さん。
 私はあの人が消えるまで。
 それまではけして――
 私は鳴けない。
   



 




 *POSTSCRIPT*
 トモさんの70000hitリクエストで中尉の子供時代です。
 子供時代・・・ちょっとは出てる・・・出てますよ、ね?(聞いてどうする)
 うわーすいませんすいません現代混ぜ込むよりも父と娘のハートフルストーリーとかのがよかったですか・・・
 しかし設定自分勝手に作ったなあおい。

 それでは、70000hitありがとうございましたー!



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