ネバーランド




 お兄ちゃんには好きな人がいて、その人は大人で美人で優しかったから、お兄ちゃんは随分早く大人になった。なろうとしていた。実際、あたしの前でお兄ちゃんは大人だった。背伸びしていたとか、そういうのは知らない。そうなんだという人もいる。でも本当にお兄ちゃんは大人になっていたのだ。いつの間にか。恋をして。
「恋ってね」
 六甲の腕に寄り掛かってみる。六甲はちょっと困ってるみたいだったけど、そんなのは気にしない。
「どきどきして嬉しくて、胸の奥のところがきゅーってして、すごく楽しかったの。はしゃいじゃって、周りも見えなくなりそうなくらい」
 涙はもう出ない。振られた後思いきり泣くのは必要なことなんだということを本能的に理解した。きっと泣くのを我慢したら、いつまでも悲しい。いつまでも諦められない。
「でもほんとはすごく痛いものでもあったのね。あたし全然気付かなかった」
 六甲はきっと、慰めるときには何が一番大事なのか知っている。本人は分かってなくておろおろしてるだけだけど、きっとこれも本能で知ってるのだ。ただ髪を優しく撫でて、少しだけ体温をわけてくれればそれでいいってこと。
「…お兄も泣いたのかな」
 マリオンはきれいだった。マリオンは優しかった。けれどきっとその分だけDXは苦しんだ。
「でも多分誰も見てないところで泣いたよね。お兄はずるいし大人だったから」
 小さいころ、お兄ちゃんは大人はずるいものと決まってると言った。だから子供はもっともっとずるをしないと大人とわたりあえないんだって。
 けど大人になることが声を押し殺して泣くことならば、あたしは大人になんかなりたくない。
「六甲」
 なんとか言って、と六甲の腕を揺する。
「イオンさま」
 慰められたいわけじゃなかった。だって恋はもう終わってしまったことだから。オーバーとはよく言ったものだ。ラブイズオーバー。愛は超えた。過程を通り過ぎた。そしたら後は終わるだけ。言葉は正しくできている。
「悲しみに同じものはないんです。だからといって、その大きさが違うわけでもない」
 六甲はゆっくりと言う。慎重に、辛抱強く言葉を重ねる。
「想いが通わないということは、誰にとってもどんなことでも悲しいんです」
 それに、六甲は続ける。
「今のDXさまはそこまで我慢していません。私はアカデミーに来て久しぶりにDXさまが声をあげて笑うのを見ました」
「…そうなの?」
「はい」
「どこで?」
「……寮の枕投げで」
「そっか」
 拍子抜けした気分というのはきっとこういうことを言うんだろう。「うん、そっか。ならいいわ」
 お兄ちゃんは大人に見えた。がんばって背伸びして大人になった。あたしにはそれがとても驚異的なことに思えたけど、少しだけつまらなかった。在るがままを受け入れてる負けず嫌いなDXが、あたしは好き。
 お兄ちゃんは絶対に忘れない。マリオンのことも冒険のことも火竜のことも、恋をしたことも。忘れるためにアカデミーにきたって、どうせ忘れられない。
 だからあたしも忘れない。カイルの優しさも胸のどきどきも放課後の幸せも、泣いたことも六甲の膝の暖かさも恋をしたこともみんな――みんな、持っていく。
 あたしは六甲のかたい二の腕に鼻先を押しつけた。六甲は少しだけその腕を強張らせると、ゆっくり、静かに、力を抜いた。


 



 *POSTSCRIPT*
 六甲×イオンではないけれど。イオンから見たDXについてを書いてみたいなあと思ってがんばってこの様。うーん難しい。



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