シフトチェンジ




「いやー、長かった!」
 まさかこんなに時間がかかるとは思わなかったというのが正直なところだ。最初の出会いから五年かかっただけでも信じがたいが、二度目のはじめまして以降はすんなり行くと思っていたのに。
「パパうれしいの?」
「うれしいよ。友達が幸せになる日だからね」
 冬原の機嫌の良さを察して愛娘がだっこをねだる。父親がその姿に敵うわけがない。
「海も今日かわいいね」
 二つに結った髪を揺らしてご機嫌な娘を膝の上に抱き上げて冬原は言う。
「ママにやってもらったの!およめさんみたい?」
「海がお嫁さんになるのはまだまだ先かなあ。お姫さまみたいにかわいいよ」
 今日のキーワードは『お嫁さん』だ。冬原としてはあまり愉快ではない事態である。世界で一番かわいい娘がどこぞの馬の骨に持っていかれたらと思うとたまらない。馬の骨を殴り飛ばす準備は今からできている。
「お姫さま?」
「うん、そう。今日のお嫁さんは望お姉ちゃんだから、海はお姫さま」
「海がおひめさまでいいの?」
「いいよ」
 海は嬉しそうにきゃあ、と歓声をあげる。
「ラブラブ親子め」
 隣の席で聡子は洋を座らせている。
「やきもち?」
「娘相手に今さら妬かないわよ。いつもべったりなんだから」
「大丈夫だよ俺は聡子のだから」
「…ハル」
 聡子は呆れたように言う。
「パパはママのなの?」
「そうそう。今日の海はみんなのお姫さまだけど、ママはパパだけのお姫さま」
 いい加減にしてほしい、さすがに恥ずかしい。同じテーブルについているのは冬原家だけではないのだ。
「海、そろそろ始まるからパパから降りて座んなさい。きれいな望お姉ちゃんが来てくれるから」
 いたたまれなくなってきたので聡子は海に話をシフトする。
「聡子、ほっぺになんかついてる」
「え、嘘」
 冬原が聡子の頬に手を伸ばして、指で拭う。
「うまくとれない」
「何がついてるの?」
「なんだろ、口紅かな」
「…お手洗い行ってくるわ」
「や、ちょっと待って」
 言うと、冬原の顔が一段近くに寄ってきた。この接近は何かがおかしい、思った瞬間に、頬にやわらかい温もり。
「うん、とれた」
 にっこりときれいな顔で冬原は笑う。
「…海ちゃん、さっき、ママのほっぺに赤いのついてた?」
「なんにもなかった!」
 海は今五歳になるが、父が普段いない生活を送っているせいか、年の割にワガママも言わずしっかりしている。
「ハル!」
「海に聞くのは反則でしょ」
「反則じゃないでしょ!さっきから何なの一体!」
 場所にも気を使って一応小声だ。ありえない。親友の結婚式に参加して妻といちゃつくとは何事だ。同僚も上司もたくさん居るというのに。
「夏ばっかり幸せなのは不公平じゃない?」
「今日はそういう日なの!」
 結婚してからわがままが酷くなったとは思っていたけれど、まさかここまでやるとは思わなかった。これを見て育つ子どもたちは将来どうなるのか不安になったけれど、海は両親が仲良くしているのが嬉しいようで、にこにこ笑っている。洋は今から眠そうだ。けっこう大物になるかもしれない。
 とりあえず同じテーブルに座っている夫の同僚(しかも独身!)にすみません、と愛想笑い。困っている様子が申し訳ない。冬原をちらりと見ればにやにや笑っている。わざとじゃないでしょうね、と小声で呟けば、やはり小声で、バレたか、と隣から。なんていい性格。直すことができないから、このまま付き合うしかない。本当はそういうとこも嫌いじゃないんだけど。聡子はため息をついて本日の主役の登場を待った。












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