白い月




 扉が開くのを億劫に思う。ぼんやりと見つめればにやついた笑いがそこにあった。
「やあ」
「…また来たんですか」
「開口一番にそれかね」
「申し訳ありませんお客様。いらっしゃいませ」
 にっこりと笑って手を差し出すと彼はリザの手をとった。
「君のように嫌味な商売女は初めてだ」
「光栄です。サー・マスタング」
 壁に耳あり障子に目あり。この会話ももしかしたらすべて聞かれているかもしれない。彼に安全などない。結局、傍から見れば彼の『お気に入り』であるリザも安全ではない。かろうじて生きているのはこの娼館に少なからぬ味方がいるからだ。経営者のご機嫌をとれば、あとはどうにかなるし、どうにかする。
「今日は睦言が聞きたいかね?それとも外の話?何なら子どもの寝物語でも」
「貴方が童話の類を知っていることに驚きました」
「だろうと思った」
 私にだって子ども時代があるんだよ、ロイは言い、リザの指先に口付ける。
「君が一番好きなのは仕事の話かな?」
 ロイの歯がレースの手袋の指先を咥える。するすると抜けるそれは自分の一部のように剥ぎ取られただけで心許なくなった。
「そうですね。また武勇伝でも?」
「武勇伝とも言えないような話だよ」
「ご謙遜を」
「いや、事実だ」
 ロイはベッドの上のリザの胸に顔を押し付ける。
「……疲れた」
「お気の毒に」
「君は随分とあっさりしているな」
「疲れているのは私も同じです」
「君ほど正直な商売女は初めてだ」
「光栄です。サー」
 本日二回目の似たようなやりとりの後、ロイはやっとリザの首筋にかじりついた。
「君は昼間外に出たことがあるか?」
「…貴方は私を吸血鬼か何かだとでもお思いですか?」
「あんまりに白いから」
 しかしここでは肌の白い女など珍しくもなんともない。彼もそれは知っているはずだ。あらゆる髪の色あらゆる肌の色あらゆる瞳の色、あらゆる女がここにいる。
「外に出ないことはありませんが――好んで出ることはありません」
「何故?」
「昼は寝ているので」
 ロイはリザの胸に手を滑らせる。
「黙らないでください。夜の仕事なんてそんなものですから」
「まあ、そういうのもいいだろう。しかしどうせだから出てみるといい。君が昼に外を歩いていたら私は気が気でなくなってしまうかもしれんがね」
「あら楽しそうですこと」
 くすくすと笑ってみせるがこれが彼のポーズであることはわかりきっている。彼は金で女の体を買い彼女は体を金で売る。それが仕事だ。
「君はここで夜に私を照らす白い月であってくれればそれでいいんだ」
 彼はリザを一つの奇跡か何かだとでも思っているようだったが彼女はただの幻でしかなかった。それに気づかない男は幸せであるがどこまでも愚かだ。
「光栄です。サー」



 



 *POSTSCRIPT*
パラレルって意外と書きやすいかも。



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