まるで空耳




 近頃は常と言っても差し支えないような顔でロイはリザをにらみつけた。
「それで?」
 訂正。常など比較にならない。いつも以上に不機嫌そうな険しい顔だ。
「乱闘騒ぎになった原因は単純に酔っ払いが暴れたことです。私は丁度その場に居合わせたのですが、その酔っ払いが」
「自分は軍の人間だとでも叫んだか?」
 ロイは知っていたかのように続きを遮る。この分だと知っていたのだろう。目撃者はあの場に山と居た。
「…はい」
「君は少々酔っ払いが感情に任せて嘘――この場合は見栄か、を叫んだくらいで逆上するような軍人だったのか?」
「申し訳ありません」
「謝る暇があるなら報告を続けたまえ。後始末は私がするんだからな」
「はい」
 たかがそれだけならばリザも銃を取り出すことにはならなかったのだ。休みの日に起こった事件など素通りするつもりだった。リザはそこまで職務に真摯ではないし執着もなかった。彼に関すること以外では。
「その後容疑者は昨日の暴行事件に関する情報を漏らしたため、私は容疑者を軍部に連行するべきとの判断を下しました」
 これだって誰かが通報すると思っていた。なんなら自分が通報しておけばいい、と考えていたのだ。このときまでは。
 ロイはただ目を閉じて報告を聞く。
 寝てたりしたら蹴倒してやりたい。
「事情を聞こうと声をかけようとしたところ、ロイ・マスタング大佐を誹謗中傷する旨の内容を喚き散らし、とてもではありませんがまともな話は聞けそうにもなく、暴れだしたところでワインの空き瓶の破片で頬を負傷しました」
 ロイはまだ目を閉じている。
 これで驚愕したり我を忘れたりでもしたら困ったところだ。
「そして正当防衛とその場を治めるため、威嚇射撃を行い、その後軍へ通報、現在に至ります」
 はあ、と大きな溜息が一つ。
 この件の後始末をするのはロイだ。リザはすでに当事者だった。第一リザはロイの直属の副官である。民間人へ発砲したことへの責任はロイが負う。それを知りながら、感情に任せて撃ったわけでもなかったが、完璧に忘れ去っていた事実でもなかった。
 何があってもどうにかしてすべて自分の責任にしてしまおうと考えていたのだ。ロイはそれを許さなかったが。
「君は短気だな」
「ええそのようです。自覚はありませんでしたが」
「ぜひ自覚を持ってくれ」
「そうします」
 ロイは唐突に鳴った電話の受話器を手に取る。
「私だ」
 電話の相手が告げてきたのは、リザの発砲した相手が暴行事件の犯人であったことが判明した、とそういうことだった。
「良かったな中尉、罰するどころかお手柄だ」
 良かったな、その言葉はどこも良くなさそうな響きだった。
 今度はリザが溜息を吐く番だった。
「大佐、先程から何故そのような物言いなんですか?」
「おや知らなかったかねこれが常だ」
 言いながらロイは受話器を元に戻す。
「白々しい嘘はやめてください」
「犯人が見つかったから何だ」
「…大佐?」
「うちの部下は顔に怪我をして危険な目にあったというのにあの上層部のジジイ何と言ったと思う?東部から来た田舎者はこれだから。女を副官にしていいことはいつでも股を開くことだと来た。セクハラは私よりあいつらだろう、そう思わないか?」
「……大佐」
「第一私の悪口を言った挙句に君に傷を負わせるとはその暴行犯は私にケンカを売っているようなものではないか。そんなことがあって冷静でいられるほど冷めた性格ではないのだよ、私は」
 ロイは机に手をついて立ち上がる。リザの眼前まで詰め寄り、頬の傷をなぞる。
 指先にガーゼの感触。ロイは直接見ていないが、酷い傷かもしれない。
「痕が残ることは?」
「ありません。軽い傷ですから」
 ロイはあからさまにほっとして、ガーゼの上から傷に口づける。
 きっと彼はこの傷にいたく憤慨しているのだろう。下手な慰めも好きではないからこういう時は乱暴にされる方が気が楽だった。何故こんなことをした、と怒鳴られる方が。
 体の力を抜いたリザを抱き締めて、ロイは耳もとで囁く。
「もうこんなことはさせない」
 ああこれはきっと空耳ですね。
 実際、空耳であってくれないと困る。
 だからきっとその後の、蕩けるようなキスも抱き締める熱も、きっと錯覚。
 そうであってくれないと困るのだ。
「…大佐」
 リザはロイの手を取る。手のひらが赤く滲んでいた。
「これはどうなさったんですか」
「ああ、握り締めすぎたかな」
 何でもないことのように言うのは、実際痛くなかったからだろう。きっと例の将軍がぐちぐちと嫌味を言っていた間、手を出すのをこらえてこんなことになったのだろう。簡単に予測はついた。
 少しだけ考え込んで、リザはロイの手のひらに口づける。
「医務室へ」
「…これでいい」
 ロイはリザの手を握る。
「血が出ているんですからあまり触らないでください」
「君が舐めてくれるんだろう?」
 幸福な勘違いは人を堕落させる。
 リザはあらためてそれに気づいた。
「自分勝手な…」
「今更だろう」
「…今更ですね」
 リザはロイの手を取った。
 彼の口から何かふざけた言葉が漏れたような気もしたけれど、それこそきっと空耳だ。



 




 *POSTSCRIPT*
 86000hitリクでロイアイで中尉が大佐の傷を舐める。
 まずはお詫びを。
 も、申し訳ございません…!!
 お、遅れすぎにもほどがあります何だこれ何だこれ!や、ほんともう謝るしかないです…
 86000ヒットありがとうございました!



BACK




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送