ぽおん、と遠くから音が聞こえた。鼓のようであり生き物の声のようであり。ぽおん、ぽおん。窓の外は真っ暗、もう夜だ。
「何だありゃ」
 高杉は布団からもそもそと顔を出した。その目は窓際にいる陸奥を通り越して外をにらんでいる。何か企んでいそうでいて、実際は何も考えてはいない。
「さあな」
「誰かが何ぞドンパチやってんじゃねえのか。物騒だなあおい」
「一番物騒な面した男が何を言うちょるか」
 陸奥は今日着てきた着物を羽織る。目立たないように『普通』の格好をしてきた。いつも通りでも本当はまったく問題がなかったのであろうが、坂本に変装をしろと押し切られたのがいけなかったのだろうと思う。薄紫の色無地は当の坂本がもらってきた。出所は知らないが、たまにはあのもじゃも役に立つ。高杉はその格好に何の感慨も示さなかったが、何か言われたらきっともうここには来なかったであろう自分も確信できた。
「どこに行く?」
「見に行ってくる」
「外は暗いぜ」
「暗くとも。おまんが出て行くわけにはいかんじゃろ」
「お優しいねえ陸奥さんは。あのバカの片腕やってるだけはあるな」
「殺されたいか」
「死ぬ気はねえよ」
 着物である。そのときに一番不利なのは刀を持つことができないことだ。武器がないということは心もとない。だからといって、ここが丸腰の女が一人夜中に外に出ることができるほど平和な街ではあるわけがない。
「お前こそ殺されたいか?自殺行為だぜ」
「簡単に殺されるほどやわにゃーできとらん。おまんはいいのか」
「あ?」
 陸奥は布団の端に座った。寝転ぶ高杉に顔を近づける。
「居場所をばらされないように、この舌抜けるのは今だけじゃ」
 べろりと舌を出して見せれば高杉はにやりと笑う。陸奥はそれを見てその目をえぐりたくなった。この男が、何も見ることができなければいい。そうすれば最後の最後に視界に残るのは陸奥の顔だ。舌だ。
「おもしれえなお前は」
 ククク、高杉は相変わらず気持ち悪い笑い方をする。
「そんなことしたらつまんねえだろ。俺が」
 こん阿呆が、陸奥は言いかけたが止めた。一つため息を漏らすと、高杉は陸奥の顎に手をかけて自分の唇に触れさせた。舌を絡め取られたときに、噛み切られるのではないかと危惧したがそれは杞憂であった。高杉は。
「陸奥」
 ぽおん、ぽおんと、相も変わらず音がする。
 行かなければ。陸奥は高杉の肩を押して障子に向かおうとする。
「あんなのは幻聴だ」
 高杉はなおも陸奥の唇を追って捕らえる。
「二人に聞けぇる幻聴があるか」
 息も切れ切れな陸奥の言葉に、高杉は言った。
「星でも降ってるんだろ」




 
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