正しい人



 彼は正しい人だ。
 そしてとても健全な人。
 私とも、あの人とも違う、正しい人。

 カシャン。
 小さな音がした。


「今度会いませんか?プライベートで、二人だけで」


 羨ましい、と思う。
 ただ単純に憧れる。
 ハボックの正直さに、フェアな所に、この誠実さに。
「返事はいつでもいいですから」
 すぐに返事ができたのに、しなかった。驚いたということもあったが、結局はしたくなかったのだ。単純に。
「ありがとう」
 ホークアイは俯いて、落としてしまったクリップボードを拾おうとする。実際、それはかなわなかった。先にハボックがそれを拾い、ホークアイに差し出す。
 ありがとう、彼女はもう一度そう言って、それを受け取った。


 卑劣。
 無神経。
 凶悪。
 非道。
 何をやっているのだろう。
 何がしたいのだろう。
 無節操。
 卑怯者。
 鈍感。
 悩んでいるわけじゃない。
 返事はもう決まっている。
 ごめんなさい、の一言だ。
「失礼します」
 執務室の扉をノックし、中に入る。そこにいるはずの彼女の上司は、サボらずにそこで仕事をしていた。
 彼は顔を上げずに、こちらの次の動作を窺う。ホークアイは躊躇わずに彼の机の上に追加資料を乗せる。
「こちらにも目を通しておいて下さい」
 集中している所を邪魔する気は無いが、どうにも戻りづらい。それはこれから行く場所にハボックがいるから、とそれだけのことだ。
「どうかしたのか?」
 ロイは時折他人に敏感だ。少しでも様子が違うと、すぐにバレる。
「いいえ、なにも」
「そうか?」
「ええ。何でもありません」
「それならいいが」
 伏し目がちの、集中しているときの彼が好きだ。いっそのこと押し倒してしまいたいような気分になる。そして、そんなことを考える自分にまた驚くのだ。
「やはり何かあっただろう」
 呆れたように溜息を吐いて、ロイは顔をあげる。
「私はそんなに見つめられるようなことをしたのか?」
 そんなことはいつもしている。
 研究に夢中になったり、こうやって仕事に打ち込んだり、たまにサボったり、夢を語ったり。
「いいえ、何も」
 正直になんてなれない。


『いつでもいいですよ』
 そんなことがよく言える。本当に、感心してしまう。
 彼はとても勇気を振り絞ったのだろう。とても誠実で、正直で、健全な言葉だった。
 正直になんてなれない。
 何ができる?
 夢を追いかけているこの人相手に、何が言える?
 正直になんてなれない。
 足手まといにはなりたくない。こんな感情は邪魔なだけ。
 きっと、邪魔なだけ。


 何故すぐに返事をしなかったのだろう。
「ごめんなさい」
 その分だけ言いづらくなるとわかっていたはずなのに。
「いいですよ。今忙しいんですし」
 今だけでなく、これからもありえないということを知っていて、彼はそんなことを言う。
 ごめんなさい。
「……そうね」
 言外の意味に気づくことができないほど子供ではないのだ、お互いに。
 ごめんなさい。
 貴方のフェアな所に安心しきってしまって、甘えてしまって、私は的確な判断ができなかったんです。きっとその分だけ余計に貴方を傷つけてしまったんです。ごめんなさい。
 実際彼は怒っていた。とても正しく。
「余計なことですけど、やめた方がいいですよ。あんなの」
 彼の言う『あんなの』は、彼女に対して誠実でも、正直でも、フェアでもない。
 それでも。
「わかってるわ」
「…じゃあ何で」
 わかってるの。でもやめられない。
「少尉」
 続きの言葉を遮るように、ホークアイは彼と目を見る。
「わかってるの」
 でもやめられない。
「あんなのに引っかかった私が悪いのよ」
 自覚はしている。ロイも知っている。
 彼はとても誠実だ。自分の本能と意志にだけは。
「大佐のせいじゃないの」
 あの人はきっと遊び、自分は本気。
 大きな違いはたった一つしかない。
「…泣きそうですよ」
 涙なんて出ないのだ。
 どんなに泣きそうになっても、辛くても、やめたくても、愛しくても。
 ハボックがホークアイの頬に触れる。彼女は抵抗しなかった。
「……やめて」
 彼は彼女をそのまま優しく抱きしめる。
「嫌です」
「少尉」
「嫌です」
 優しくされるのは好きじゃない。
 甘えは罪だ。少なくとも今の自分にとっては、確実に。
「……もうやめて」
 嫌です、と小さな声が耳元で聞こえた。


 彼はとても正しい人だ。
 とても正しく怒る人だ。
 とても正しいことを言う人だ。
 その誠実さに憧れる。
 それ以上にはならないことが、ただ悲しかった。





 




 *POSTSCRIPT*
 わかったこと。あたしの書くハボ→アイ→ロイまたはロイアイ←ハボは確実に暗くなる傾向にあるらしい。特に中尉視点の場合。これが少尉視点とか大佐視点とかだったらこうはならないのですよ。中尉だとなぜか暗く……
 だってなんかさ!こういうの女の身としてはさ!どうかと思うわけですよ!!
 ああそうさあたしにゃさわやかな彼らなんぞ書けないわ!(開き直ったよこの人)
 三角関係のさわやかな小説ってどうやったら書けるのでしょう。こうなったらすべて公然の秘密にしちゃって三人でよろしくやらせ……いや駄目ださすがにそれはヤバい(笑)
 だれかさわやかな彼らの小説とかイラストとかください(切実)



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