待機中です。



 一日目、二日目、三日目。
 私はずっと待っている。

 まずその言葉を聞いたとき、頭の中が真っ白になった。
「……留学?」
 そいつはまったくマジメな顔で頷いた。
「そう、留学」
 分かってるから何度も繰り返さないでよ。とりあえず頭の中は真っ白の状態から脱出してくれた。ありがたいことに、考える時間が少しだけあった。
 考える。
 …考え込む。
 そして結論。
「あんたの英語の成績でどうやったら留学できるわけ?」
 出た言葉はそれだった。こいつはあたしなんかよりもよっぽど成績悪いのですよ、特に英語が。
「お前俺を馬鹿にしてるだろ」
「いやそういうわけじゃないけど」
 何をどう思ったが知らないが、奴は拗ね始めた。何かしたわけではないのだが、表情で分かる。あたしはこうも表情に何もかもが出てしまうことは不便だろうと思っていたが、それもいいものかもしれない。何もしなくても分かってもらえるなんて、なんて贅沢。
「お前は知らないかもしれないけどな、俺は変わったんだ。そうでもなきゃ誰が語学留学なんかするかよ」
 ああそうですか。
 あたしにとってそんなことはどうでもよかった。こいつが急に秀才になろうと、若年性痴呆症になろうと、あたしにとってたいした問題ではないのだ。
「それはわかった。わかったけど、どこ行くの?」
「オーストラリア」
 なんでこう留学というとオーストラリアばかりなのだろう。アメリカとかイギリスとかも多いけれど、なんとなくオーストラリアが断然多いような気がするのはただの気のせいだろうか。
「期間は?」
「一ヶ月だって」
 頭おかしいんじゃないのか。
「ふーん」
 一ヶ月やそこら外国に行ったくらいで言葉なんて身につかないだろとは思うが、行きたいなら行けばいい。やりたいようにすれば良い。ああ、あたしはなんて物分かりがいい女なんだろう。
「そう、がんばってね」
「………それだけ?」
 男というものは往々にしてわけが分からない。
「それだけ」
 甘えたいんだか泣いて欲しいんだか知らないが、今生の別れでもないのに何でまたそんなしみったれたことをしなければならないのか。あたしは情けないのがとても嫌い。
「ああいいよお前がそういうつもりならそれで!」
「何怒ってんの?」
 とりあえずあたし、そんなことも分かんないような鈍い女じゃないんです。
 だけど、ただ、ちょっとした悪戯心が働いてしまったので。
「別に!」
 怒っているこの人がもっと見たいというのもあったかもしれません。だってなんかかわいかったし。
「そんな感傷に浸るほどのことでもないでしょ。すぐに帰って来るんだし」
 だから一ヶ月したらすぐ帰って来るって。
 その時、奴はとても傷ついたような表情をしていた。
 …あたし何か悪いこと言った?
 困惑。動揺。どうしよう、つられて泣きそう。
「――もういい」
 やめてよそんなマジメな顔するの。なんか変だよ。いつもみたいにもっと笑って。笑ってくれればそれでいいから。

 嫌なことを思い出してしまった。
 あのケンカの後、奴はすぐにオーストラリアへ旅立ってしまった。当然まだ仲直りなんかしていない。
 だからあたしはずっと待っている。
 四日目、五日目、六日目。
 三十日目に空港へ行こう。
 ちゃんと謝って、仲直りしよう。
 もしその日に帰ってこなかったら蹴ってやる。
 だからあたしは待っている。
 七日目、八日目、九日目。
 キスがしたい、とぼんやり思った。


 





 *POSTSCRIPT*
 どうにもオリジナルの小説にあとがきをつけるのは恥ずかしくてかなわない、と思いました。
 海外に行きたい。イタリアにいってみたい。オペラがみたい。きっと何言ってるかわかんないだろうけど。



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