trickster




 小さな体に似合わぬ大きなトランクを軽々と片手に持った少年は、これまた少年にはとても似つかわしいとは言えない場所へ平然と入って行く。
 何も知らないらしい憲兵が時折子供が来るところじゃない!と怒鳴るが恐れず騒がず怒らず、ポケットの中から銀時計を取り出してちらりと見せれば失礼しました!そして敬礼。
 少年の名はエドワード・エルリック。史上最年少の国家錬金術師だ。
 そして彼が入っていったのは東方軍部の総括である東方司令部。目的のものはここにある。
「中尉!」
 勝手知ったる東方司令部でエドワードが最初に見つけたのは、司令官であるロイ・マスタング大佐の補佐官、リザ・ホークアイ中尉だった。
「あらエドワード君。こんにちは」
「大佐は!?」
 リザに挨拶をする暇も惜しんで、エドワードは尋ねる。
「執務室にいると思うけれど…大佐が、何かしたの?」
 彼女は自分の直属の上司であるマスタング大佐を、信頼はしていても信用はしていない。こんなときは特に。
「じゃあアルは…」
「アルフォンス君なら大部屋にいるわよ。道に迷っちゃったんですって」
 エドワードは目に見えて安心したような様子を見せた。
「サンキュ!」
 リザは今にも駆け出しそうなエドワードを引き止めると有無を言わせぬにっこり笑顔で言った。
「エドワード君」
「…はい」
 この人に勝てる奴がいたらそいつは化け物だ。
「大佐が何をしたの?」
 本人にとっては至極つまらないであろういたずらで彼女の逆鱗に触れてしまうのは勇気がいるどころの騒ぎではなかったけれど、これだけ苛つく時間を過ごさせてもらったのだ、痛い目を見てもらうことにした。


「アル!」
 エドワードは大部屋でくつろぐ大きな鎧に向かって叫んだ。
「あ、兄さん」
「道に迷ったって!?気付いたらいないからびっくりした…」
「ごめん。でもここにいればそのうち兄さんも来ると思って」
「あーもういいや、お前が無事なら」
「は?」
「いや実は――」
 エドワードが言いかけたところで、銃声が響いた。しかも一発ではない、二、三発。
 エドワードとアルフォンスは反射的に駆け出した。
「何かな」
「さあな。…中尉かもしれない」
「まさか。中尉が建物内で発砲するなんて…」
 そう言いつつ、たどり着いたのは執務室だ。そして勢いよく扉を開けて見たものは――
「お、落ち着きたまえ中尉!」
「…これが落ち着けますか」
 両手を挙げてギブアップしている大佐と銃を構えるリザだった。
「は…っ早まるな!話し合おう!愛し合おう!」
「そのたわけた口を今すぐ閉じてください。今すぐ!」
 ただの痴話げんかかと放っておくわけにもいかない気がした。リザが怒っているのは自分たちのためでもあるのだ。
「あ、あの…」
「エドワード君、アルフォンス君、下がっててね、危ないから」
「危ないって君は何をするつもりかね…」
「大佐は黙っていてください」
 チャキ、と小さな金属音。心底恐ろしい。
「で、でも中尉…元はと言えば俺たちも…」
 リザはその言葉に沈黙し、しばらくの後銃を下げた。
「大佐。いたずらはほどほどになさってくださいね。自らの身を滅ぼさない程度に」
 ロイはまさに首振り人形のごとく首を振り続ける。
「エドワード君、大佐にお話があるんでしょう?」
「あ、うん…」
「では私はこれで。壁の修繕費は払いますから」
 失礼しました、一礼してリザは執務室を退室する。
「まったく修繕費など気にしなくてもいいものを」
「それ本人の前で言ってやれよ」
「無茶を言うな」
 ロイは机上に散乱していた書類を一枚手にとる。
「自業自得だろ」
「ただほんの少しふざけただけだろう」
「あれでほんの少しだったらあんた相当おかしいぜ」
 事情を知らないアルフォンスは一人右往左往してしまう。
「あのー、一体何が…」
「おや知らんのか」
「黙れ諸悪の根源!このおっさんはなあ、お前とはぐれて一旦宿に戻ったところで電話かけてきやがったんだ!アルが事故にあったって大嘘ぶっこいて!」
「誰がおっさんかね誰が」
 エドワードはロイの机をバンバン叩いてわめき散らす。
「で、兄さんはそれを信じたの」
「だって軍からだぞ!しかも大佐が直接!信憑性高いだろ!」
「はははまだまだ甘いな鋼の」
「うっせえ!」
「まあまあ兄さん」
 アルフォンスはロイに掴み掛からんばかりのエドワードをいさめる。
「でも大佐、何でそんなことをしたんですか?」
 ロイは手を組んで目を伏せる。
 聞かれたくないことなのか、それとも言いたくないだけなのか。
「…いくら口説いても全然なびいてくれない強情な女性がいてね…」
 嫌な予感がした。
「まあなんだ、それでちょっとイライラしてたし。そしたら弟が迷ったから待たせてくれとやって来るじゃないか。これはいい暇潰しに――」
「いっぺん死ねクソ大佐!」
 エドワードの声が建物全体に響き渡ったのは言うまでもない。
 ちなみにそれでも何故かロイ・マスタング大佐の機嫌が至極よかったのは、お目当ての女性にやっとかまってもらえたかららしい――
 が、その日の就業時間終了後、彼がどんな目にあったのかは誰も知らない。
    



 




 *POSTSCRIPT*
 84000hit獲得のまりるさんのリクエストで、エルリック兄弟が脇で出てるロイアイ。
 お、お待たせしてしまって申し訳ないです・・・
 大佐が最後機嫌良かったのはいたずらしたら中尉がかまってくれたからです。中尉にかまってもらえれば何でもいいらしいですよこの男。わーどうしようもない。
 84000hitありがとうございました!! 



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