用意だけは周到




 浮き足立っているのはいつも一人だった。祖父だ。彼は毎年毎年孫の誕生日だけは忘れずに祝う。何があろうとも帰って来いと言い、この日だけは残業も無しだと言い、リザの上官までもを家に招く。そこまでする理由は何なのか知らないが、何かを目論んでいるのだろうとそのくらいのことはわかる。
 誕生日。
「視察の帰りに寄りたい店がある」
 ロイは車の中で言った。運転をするリザはそれに無言でうなづく。
「どこですか?」
「このすぐ近くだ。あの質屋」
「質屋に用が?」
「ああ、いい銃があるんだ」
 そういうことならば納得だ。折りしも今日はリザの誕生日。狙ってやっているのだろうか。だとしたらかなりべたべたな展開ではある。
「では、今寄ってしまいましょう」
「いいのか?」
「時間はあります。早めに出たので。今日は私が残業できませんし」
「ああ、そうか。将軍にご招待されたよ。あの人は君にだけは甘いな」
「大佐にも甘いですよ」
「孫は別格だ。すまないが私は断ってしまったよ」
「構いません。祖父が浮かれているだけのことですから」
 リザは質屋の前に車を止めると運転席を降りた。後部座席の扉を開ける。ロイはそれを悠然と待ち構えている。
「ここに銃が?」
「ああ、山とあるさ。良いものがな」
 言うと、ロイは発火布をつける。両手だ。
 質屋。銃。良いもの。ご招待のお断り。帰り際。そこに違和感がある。違和感。リザは銃を取り出して弾を確かめた。いつでも撃てるように構えておく。
「何かしでかすならいつも早めにお知らせいただけると助かります」
 言うと、ロイは懐から銃を3丁取り出した。車のトランクからはライフルを。
「……」
「常に用意周到、だろう?」
 ロイは質屋の扉に手をかける。
「今日のことを君に言わなかったのは、今日ばかりは君を危ない目に合わせるなとの将軍の申し出だ。孫思いのおじい様だな」
「結局説明のないまま踏み込ませることになったとしても?」
「成り行きということにしておくさ」
「では私は口を噤みましょう」
「ははは、ありがたいなそれは」
 リザは壁に背をつけて窓から中の様子をうかがおうとするが、窓にはきっちりとカーテンがひかれていた。音も確実に漏れないようにしているらしい。もしかしたら実際何かが起こっているのは地下か二階か、簡単に窺うことができない場所なのかもしれない。あらゆる可能性を頭の中でシュミレートする。ロイ・マスタングを守るために何をするのかが最善なのかをいつも第一に考える。他は敵の殲滅もしくは逮捕。とにかく、相手が手も足も出ない状況を作り出せばいい。
「踏み込むぞ」
 ロイはドアノブをひねり、指をこすった。


 その日の収穫は充分すぐるほどであったがそこは割愛する。どうせこの後ロイは将軍からお叱りを受けるはずだ。やんわりと。しかし、決然と。どんな結果を残してもそれは変わらない。変化させる要因がないということは価値がさほど感じられないと同義だ。
「それで、どうして今日、こんなことを?」
「それを考えていたのか」
 現場の処理はした。後は車に戻って帰るだけだ。
「ええ。考えましたが、わからなかったので」
「それで聞くことに?君は意外と素直だな」
「…はぐらされている気がします」
「いや、別に隠していたわけではないさ。うん」
 ロイは発火布を手から引き抜く。相変わらず、一見ただの白手袋だ。それをさっとポケットにしまうと彼は口を開いた。
「いつまでも将軍の言いなりというのも嫌になってね」
「祖父が何か?」
「ああ、そういうことじゃない。どうせ君は気づいているんだろう。彼の思惑に」
「何ですか?」
「……そうか、君は身内のこととなると疎いところがあるな」
「は?」
「いや、何でも。今日は何の日だね?」
「何かの記念日ではないはずですが」
「君の誕生日だ」
「そうですが」
「将軍は内々で祝うつもりなのだろう」
「ええ、そのはずです」
「で、私も行くことになる」
「いらっしゃりたくなければそれでもよろしいのですが」
「そういうことじゃない。単刀直入に言うが、君の祖父の思惑としては将来君を私の妻にしたいようだよ」
 リザは目を見開く。冷や汗がたらりとこめかみを伝って頬に落ちた。
 今、今一体何て。
「いやむしろ思惑なのだから婿入りか?そこはどうでもいいんだが」
「来ないでください」
「は?」
「金輪際、実家には来ないでください。祖父には私から言います。そんな、結婚なんて」
「待て待て待て、今すぐにというわけではなくて――」
「そうだとしても!」
 リザは俯いて声を荒げる。今日は色々と知りすぎた。せっかくの誕生日なのに。それなのにこんな。
「…嫌でしょう?」
「誰がだね。嫌なわけがないだろう。むしろ万々歳だ」
 リザの思いとは別にそこはあっさりと否定された。荒げた声が無駄だった。
「は…」
「君はたまに先走るところがあるな。それは関係ないさ。どうせいつかは誰かとすることだし、それが君なら申し分ない。まあだいぶ待たせることになるとは思うが、それはそれで…」
「ならどうして」
「…中尉?」
「ならどうしておじい様に乗せられないんですか。勝手に色々やってくれるのに」
「だから、こういうことは勝手に進めるものではないだろう。だから今日は動くことにしたんだ。誕生日だしな」
 あまりの展開に頭がついていかない。勝手に進めているのはこの人も同じではないか。自分のことを棚に上げて何を今更。
「だから仕事を口実にすれば多少時間は作れると思ってだな、ちょっとした小物をしょっぴく手筈を整えたわけだ。ギリギリかもしれないがこれで二人の時間もできるし君の家に行くことも…」
 たまらなくなった。顔が自然に笑う。いっそこの顔を殴ってそれを賊のせいにするくらいのことをしでかしてみたかったがそれは必死に堪えた。ならば顔を隠すためには。
「……リ、リザ…?」
 リザはロイの首に手を回した。
「仕事中だぞ」
「きかないのはいつもなら貴方です。誕生日なんだから私のいうこともきいてください」
 そろそろと背中に手を回されるのを感じた。これが車の中で良かった。車が人目につかないところに止めてあって良かった。やってしまってから色々なことを思うがそれも無視することにする。すべてはつじつまが合えばいいのだ。
「また、まだるっこしいことを…」
「まだるっこしくても後悔はしないさ。早速珍しいことが一つあった」
 リザはロイの首をきつくつねった。
「いたたたた痛いよ君!」
「自業自得です」
 小さくすみません、と声がきこえた。謝られるのが嬉しいということも違うが、珍しいことがもうすでに二つだ。
「何か言うことがあるんじゃないですか?」
 ロイはリザの髪留めをぱちんと外すと髪と、それから額に口付けた。それから耳元で一言。
 唇に降って来る温もりを感じて、リザは目を閉じた。



 



 *POSTSCRIPT*
 最後の一言はご自由に捏造でどうぞ。妄想のあらん限りを尽くすときです(それほどでもない)個人的にはハッピーバースデーかなとか思うんですけどね。いやでも別に愛してるとかなんとか言わせてもいいと思いますよ。それで色々終わったあとリザちゃんに「クサっ」て笑われるんだよ。うふふとかあははとかそんなレベルじゃない、「へっ」て嘲笑いされます。



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