懺悔は浴室で 神様、たすけて神様。 足の先、膝、腿、腹、乳房、鎖骨、うなじを通ってやっと口元。 舐め回すような目付きとはきっとこのことに違いない。見られた端からぞくりと背筋に怖気が走った。 「な、何よ…」 沈黙に堪え切れず、ソフィーは声を絞り出した。もっと強気でいくつもりだったのに、実際の声はあまりに弱々しく、それこそ彼の思い通りだった。 「何が?」 返す声も余裕な彼が恨めしい。 「ハウル、何か変だわ」 「僕はいつも通りだよ?おかしな奥さん!」 駄目だ。もう駄目。何があったの誰が何をしたの、問い詰めたいけれどどうせ軽く躱されてしまうに決まっている。 「じゃあ出てって!寒いじゃない!」 「寒いなら温めてあげるよ」 「…っ…あんたバカじゃないのっ…」 「とんでもない、これ以上ないってくらいまともだよ」 「まともな人はあたしの入ってるお風呂場に無断で入ったりしないわ!」 「…ねえソフィー、僕らは夫婦だよ?」 嫌な予感がした。今気を許したらとんでもないことになるという予感。 「全部今更なんだから気にすることなんて何も無いんだよ!」 ある!あります!いっぱいある! 心の叫びも空しくハウルは湯船の中に滑り込んだ。逃げようとするソフィーの腰をしっかり抱き込んで離さない。 「ハ、ハウルちょっと…いい加減にしなさいよあんた!」 「ねえソフィー、僕の願いを教えてあげようか?」 「いい!いらない!聞きたくないわ!」 ソフィーは耳を手で塞いだ。 背中に感じる胸板の感触が居心地の悪さを引き立てる。 「つれないな」 ハウルはソフィーの首筋に唇を寄せて呟いた。 ソフィーの肩がぴくりと震える。 おかしい。どう考えてもおかしい。いつものハウルはこんなのじゃない。もっと弱気で癇癪持ちでヘタレのはずだ。いつも通りならば最初にソフィーが拒否した時点でどうしようもない癇癪が始まっている。なのに今日はそれがないのだ。 「や、やっぱりあんた変よ…」 目に涙を溜めてソフィーは呟く。耳は塞いだままだ。何を言われるのも怖かった。 「変?どのへんが?ぜひそこを詳しく懇切丁寧に教えてもらいたいな。時間はいくらでもあることだし」 ハウルはソフィーの手を耳から簡単に引きはがしてしまうと、にっこり笑って囁いた。 正直なところ、まるで別人を相手にしているようでたまらなく怖い。 湯船の中で温かいはずの体が一気に冷えていってしまう気がした。 誰でもいいから今この状況から救って欲しい。神様でも天使でも悪魔でも王様でも、誰でも! 「ねえソフィー、懺悔したいことがあるんだ」 真剣な声が上から降ってきて、ソフィーはうつむいていた顔を上げた。 「あんたのことが好きすぎて他の何にも集中できやしないんだ。責任とってくれる?」 それは懺悔じゃない!誰が何と言おうと懺悔じゃないわよバカじゃないの! 文句はいくらでもあったから、それを言うために口を開いたのが失敗だった。 「…っんんー!」 文句はすべて押し込められた。口で。 ああもう泣きそう! 居間の惨状を目にしたマイケルは思わず顔を伏せた。喉元まで出かかっていた「ただいま」の一言さえどこかに行ってしまった。 「おかえりマイケル」 「カルシファー…どうしたの、これ…」 「見ればわかるだろ!全部ハウルだよ!あいつはやっぱりどうしようもない魔法使いだ!」 居間のテーブルの上には恐ろしいほどの量の酒瓶が転がっていた。 「一人で飲んだの!?」 「ソフィーが飲むわけないからそうだろうよ」 「い、今ハウルさんは…?」 今ハウルに鉢合わせしたらとんでもないことになる。間違いない。厄介ごとには関わらないのが一番なのだ。 「風呂だよ。ソフィーも一緒だ」 目をやると浴室からはガタガタパシャパシャと物音や水音が絶えず聞こえてきた。時々甲高い女の声も。誰の声かなんていうのは言うに及ばず、だ。 ソフィーの窮状を察することはできても、とても助けに行くことはできなさそうだ。まあきっとうまくやるだろう。相手はあのソフィーだし、二人は夫婦だ。マイケルが口を出すところではないだろう。 「こんなに飲むのをよくソフィーさんが許してくれたね」 マイケルは少しでも酒瓶を片付けようと、その一つを手にとる。モルトウイスキー。その隣りはビールだ。どうやらすべてウェールズから調達してきたらしい。 「許す?許すも何もソフィーは知らないはずだぜ。ソフィーが二階に行って風呂に入ってる間に飲んでたんだから」 マイケルは青ざめて二階を仰ぎ見た。 「…じゃあソフィーさんは何も知らないんだ」 ご愁傷様です…口だけで呟いてから、師匠の奥さんの怒りを少しでも軽減させるためにマイケルは片付けを続行した。 結局それしかできなかったのだ。これからの惨事を考えて逃走ルートも確保した方がいいかもしれないな、そんな殺伐としたことを本気で考えながら。 |
*POSTSCRIPT* ハウエル氏は一定以上の酒を飲むとぷっつん来て人柄変わってしまうと楽しいんじゃないかなとか思って。それから奥さんは自分は押す割りに押しに弱いといい。かわいい。マイケルはあれで何気に狡猾だったりすると嬉しいんだけどもどうだろうか。 それからあの物音と水音と女の声のところも書こうかなあとか思ってるんですけど大丈夫だよね。きっとみんなそういうの求めてるよね! |
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