ソフィーにとってはこの上なく不穏な空気はハウルにとっては別のそれであったりすることは常で、彼にしてみればどうして彼女がこんなに愉快で楽しくてふわふわした気分を理解してくれないのか、その方がわからなかった。
 足の先、膝、腿、腹、乳房、鎖骨、うなじを通ってやっと口元。
 もう一度眺めると、ソフィーは体をびくりと震わせて後ずさった。そんな広いバスタブではないので追い詰られるだけだというのに。ここは都合よく解釈することにしよう、要するに彼女も望んでいるのだ、と。
 なのでソフィーが涙目なのは嬉し泣きと解釈して、風呂に入っているのにも関わらず顔色が少し悪いような気がするのは無視することにした。
「あ…あたしもう出たいんだけど」
「いいじゃないか出れば」
「あんたがそこにいるから出れないのよ!」
「どうして?僕は邪魔したりしないよ?」
 だってそこから出たら君は自らこの腕の中に飛び込んでくれるんだもの!
 無邪気に笑顔を振りまく酔っ払いは性質が悪かった。
「…は、恥ずかしいもの…」
 こんな弱気なソフィーを未だかつて見たことがあっただろうか。いやない!確信したハウルはこの機会を逃すわけにはいかないことを痛切に感じていた。
「恥ずかしい?どうして?」
「…あんた頭おかしいんじゃないの!」
「ソフィー、さっきも言っただろう。僕は君の旦那さんだ。もうとっくの昔に君の体のすみずみなんて知り尽くしてるんだ!なのに何で今更恥ずかしがるのかな」
「あんたのそういうところが嫌なのよ…」
「どういうところ?」
 ハウルはバスタブに手をついてソフィーをそれ以上逃げられないようにする。濡れた髪に口付けるとソフィーは体を震わせた。
「ねえソフィー、教えて」

 眩暈がした。
 本当にこれはハウルなのだろうか。あの臆病者で浮気性のぬるぬるうなぎ。しかし考えてみれば彼は女たらしだったのだ。歯の浮くセリフはお手のものだし、キザな仕草もよく似合う。今までソフィーに対してこんな態度をとらなかっただけで、彼にしてみればこれも日常なのだろう。こんな日常なんて真っ平ごめんだけれど。
 ハウルの綺麗な顔が段々迫ってくる。信じられないくらい心臓がどきどきと鳴り響いていて、このまま死んでしまうんじゃないかと思った。このまま何かされたらそれこそ心臓がどうにかなってしまいそうだ。
 耳に息がかかった。背筋がぞくぞくする。正直なところ気持ち悪い。けれど心臓の音は更に大きさを増して、体も反応してしまった。
「ソフィー」
 耳に息はやめてちょうだい気持ち悪い!
 心の中で叫びながらハウルの腕にとらわれるのを待ち構えてるだけの自分が情けなかった。
「ハウル…あの…あのね…」
 彼はマトモな顔をしていればとても綺麗なのだ。ソフィーが見とれてしまうほどに。今日の彼はあきらかにおかしかった。けれどその美貌には変な色気があって、ソフィーも見とれずにはいられない。何があったのか、聞いてもどうせ答えてくれないだろう。どんな宝石よりも美しい彼のエメラルドの瞳に、このまま流されてもいいような気がしてきてしまった。危険思考だ。
 ソフィーが俯くと、ハウルは裸の彼女を抱き締めた。
 頭、頬、目元、耳、柔らかな唇が降ってきて信じられないくらい気持ちいい。
「ハウル…」
「ソフィー、もう黙って…」
 ソフィーは大人しく彼の腕に縋りついた。どうせなら、このままとろとろにとけてしまったらいいのに。不思議な浮遊感を感じるのに、熱さや皮膚と骨の感触は本物だ。それから湯気とは違う彼の吐息も。
 ……吐息?
 なんだかおかしいような気がする。しかもどこかで知ったにおいだ。首筋を這っていた彼の唇が、もう一度ソフィーの唇に――
「…酒くさい…」
 ずっと知りたかったおかしいハウルの原因を察したソフィーは思わず口に出していた。
「ハウル…あんたどれくらいお酒飲んだの?」
 とろとろにとけてしまいたい気分も浮遊感もぶっ飛んでしまった。これはこれはまさか!
「もう覚えてないよ」
 更にキスの雨を降らそうとするハウルを制するようにソフィーは彼の頬を両手で包んで――というよりも押さえて――言った。
「覚えてないくらい飲んだのね?」
「…ど、どうだったかな…」
 ようやく危機感に目覚めたハウルが目にしたのは奥さんの悪鬼の表情で、彼はそれが非常に危険であることもよく知っていた。
「白状なさい」
「いやほんと、ほんとに覚えてないんだよ!」
「ああそう。なら今からあたしは下に行ってカルシファーに聞くわ。証拠隠滅は無駄よ」
 語尾の強くない奥さんの言葉は何より恐ろしかった。ハウルはどうにかして誤魔化そうと必死だが、その様がすべてを物語っていた。
「そんなの!違うよ確かに少しは飲んだけど過ってビンを落としちゃって――」
「ああ、じゃああんたは片付けてないでしょうからなおさら早く行かなくちゃ!」
「ソフィー!ソフィーちょっと待って!」
「待たないわ」
「ソフィー!」
 ハウルは必死だ。それを見てソフィーは確信した。酔っ払いに襲われて流されそうになるわけにはいかないのだ。やらなければいけないことはたくさんある。
「様子が変だとは思ってたのよ。けどまさかお酒のせいだとは思わなかったわ。あんたの酔っ払ったところは見たことあったけどこんな風になったところは見たことないもの」
 ソフィーは恥らうことをもうやめたらしい。ハウルを無視してさっさと風呂から上がってしまった。タオルを手にして今まで溜め込んだ分をすべてぶちまけるかのように言った。
「さあどれだけ飲んだの!白状なさいこのうなぎ亭主!」

 後の恐怖は、推して知るべし。








 *POSTSCRIPT*
 きっとエロを期待してた方多数なんじゃないかなーとか思ったりして。いやでもあそこでソフィーが気づかなかったら風呂でエロ突入でしたけどもね!でも気づいちゃったからねソフィーさんね!
 いやこの後ソフィーものぼせてぶっ倒れてしまう予定だったんですけどもそれはさすがに収拾つかなくなりそうで恐ろしかったのでやめました。酔っ払いと気絶と逃走予定の弟子と悪魔でどうしろとって話ですよ。



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