この女は幻だ。けして所有されることもなく所有することもなく、安らぐこともなく揺らぐこともない。体温も人間とは思えぬほど低い。この女は幻だ。でなければあやかしの類に違いない。
 陸奥、という女は。
「何じゃ」
 高杉はじっと陸奥を見つめていたが言われてその目を逸らした。
「いいや。何でよりにもよってお前がここに来たのかと」
「坂本の使いじゃ」
 素直に理由を言う彼女は淡々としていた。別に高杉はそんなことが聞きたいと思っていたわけではない。
「んなこたぁ聞いてねえ」
「ほうか」
「品は」
 しかしながら、それとこれとは別だ。高杉にとってここは根城の一つだが、陸奥は仕事でここに来ている。坂本の使いといっても常ならば奴が来る。坂本は正真正銘の中立であろうとしているのか、実際は何も考えていない馬鹿か。高杉は今回やら前回やらを考えそうになったが、やめた。そんな必要はどこにもない。
「これじゃ」
 陸奥はついでとばかりに厳重に包装された紙包みを高杉に投げて寄越す。
「金は」
「『土産』だと」
「そうか。もらっとくぜ」
 中を検めることもなく、高杉はそれを懐にしまいこんだ。
「…おんし、ちいとは人を疑え」
「疑ってるぜ。危険物ならてめえはこいつを投げて寄越さねえだろ。巻き込まれるような馬鹿な真似はできるだけ避ける。捨て身なんざありえねえ。何も知らないお前に坂本が使いを頼んだなら話は別だが」
「…それこそありえん」
「そうか」
 高杉は陸奥の笠に手をかけるとそれを一気に引っぺがした。
「笠は脱いどけ」
「何を」
「女の顔がよく見えないのは好きじゃない」
「わしも片目すら見せん男は好かん」
「見たいか」
 見たくもない、と陸奥は言った。声が震えたようであったがそれは気のせいだった。高杉は陸奥の笠を放り出して腕を掴んだ。その冷たさにぞっとする。この女はいつもそうなのだ。本当に生きているのか。自分が抱くのは死骸ではないのか。水なのではないか。
「冷てえ」
 儚いわけではないのに今にも立ち消えそうな気がした。それは本能であり欲望であり。
「どういう体温してんだよ」
「高杉」
 陸奥は咎めるように高杉を睨みつける。
「まだ帰らなくてもいいだろ」
「いいわけがあるか」
 高杉は陸奥の体を薄い壁に押し付けるとその小さな唇を塞ぐ。くちづけは好きじゃない。舌を噛まれるかもしれないからだ。滑る舌が気に食わないからだ。その熱さに眩暈がするからだ。
「っ……は、たか、すぎ」
 この女は幻だ。幻でなければ化け物だ。女はこうして喘ぎ次代を産み進化し退化し昇華する。恐ろしいと思ったころにはすでに引き返せないところに自分は居るのだと気づいた。まだ残っていたか恐怖よ畏怖よ。
 退廃。生命。支配欲。破壊破壊破壊。
 陸奥はやめろと舌を噛んだ。

 














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