一目惚れをした。
 父親主催のパーティに意気揚々と参加し、見目麗しく計算高いご婦人方を相手にしていた有力貴族のどら息子、ペーター・シュミット氏は一人の女性に完璧に目を奪われていた。
 金色の蜜でできた絹糸のような髪に黒目がちな琥珀の瞳、肌はどこまでも白く、顔の造作は少々きつめだけれどそれがまた張り詰めたような色気を醸し出している。均整の取れた体。ほっそりとした手足。体の線に沿って流れるドレスの暗い青が実によく似合っていた。
(星一つ無い夜に輝く月みたいだ)
 彼の父は金持ち貴族の道楽らしく、よく夜会を開いたが、彼がその女を目にしたのは初めてだった。こんな豪勢な美女、一度目にしたら忘れるはずがない。
 夢見心地であるかのようにうつろう彼女の視線の先を見る。いかめしくむさ苦しい中年がいた。どうせ父の友人だろう。
 父の友人は幅広い。年若い者から老人から、どう控えめに見てもテロでも起こしていそうな容貌の者から。テロリストと付き合う根性があの父にあるとは思えないのでいつも放っておいた。きっとただ顔の厳つい中年だと意図的に思うことにして。
 気は弱いが仕事はできる父を彼は尊敬していた。何しろ彼の父がこんな財力を持っていなかったら今ごろ自分はここにいないだろうというのが簡単にわかった。だからこそ、あの父に不満があるとすれば、隠れて付き合っているつもりの愛人が彼と同い年だということと、ペーターだなんて地味な名前をつけられたことだけだ。
 彼女は中年親父から視線を離さない。見つめていると思われるのが嫌なのか、たしかに視線は外しているけれども気にしているようではあった。勘違いだったら虚しいけれど。
 もしかしたら彼女はあの中年の愛人かもしれない。それか容姿に目をつけられて娶られた若妻とか。
 彼の脳裏にはどこかの三文小説のような話がすでにできあがっていた。なんて哀れなんだ僕が助けてあげなければ!ちなみにその後二人は身分の差に苦しみながらも愛を貫くという後日談付きだ。
 たくましい想像力である。
「あの人は?」
 同じく彼女をまじまじと見つめていたご婦人の一人に尋ねる。ご婦人の視線は〜に負けず劣らずの熱いものであったが、こめられた感情は妬み嫉みだった。
「さあ…見たこともありませんわ」
 ご婦人はつん、と顔を逸らせる。
 不愉快を表す仕草も言葉も、彼女たちはわかりやすくていい。その粘着質はさておいて。ペーターは思う。
「そんなことより向こうに行きません?わたくしのお母様を紹介いたしますわ」
 涙ぐましい努力は好意に値する。しかし、先ほどまでの彼と今の彼は別人なのだ。そこをわかってくれないと困る。
「申し訳ない。野暮用ができでしまいました」
 本当に残念ですが――
 残念だとはかけらも思っていない声音で、彼は言った。
 とりあえず声をかけずにはいられなかったのだ。
 一目惚れだった。


「はじめまして」
 彼に話しかけられたとき、感じたのは既視感。
 どこで会ったかもわからないけれど、『はじめまして』ということはやはり初対面なのだろう。
「…はじめまして」
 リザは少々呆然としながら答えた。まさか話しかけられるとは思ってもみなかった。せっかく目立たないようにしていたのに。
「こんなところで壁の花を演じるのなら僕とパーティを楽しみませんか?」
 ああそうか、ナンパしているときの女の扱い方が似ているんだわ、うんざりしながらリザは思った。
「申し訳ありませんが私は…」
「ああそうだ!名前をまだ聞いていませんでしたね。僕はペーター・シュミット。あなたは?」
 リザのセリフを遮るようには言う。
 まったく、こんなときの強引さもそっくりだ。手口が。
「あら、ではご当主の」
「息子です。どうしようもない放蕩息子ですよ。跡継ぎのための勉強もせずに夜会に遊びまわってしまって…」
 苦笑しながら彼は言う。
 憎めないということはちょっとした才能かもしれない。
「そんな…自分を貶めるようなことは口にしない方がよろしいですよ」
 貶める!
 てっきり気の効いた一言でも返ってくるかと思っていた〜に罪はない。実際彼のまわりにはそんな厳しい女性はいないのだ。
「貶める?」
 眉をひそめて言われたおかげでようやくリザは自分の失言に気付く。
 こういう手合いはとりあえず相槌、時折質問が鉄則だというのに
「申し訳ありません。失礼を…」
「ああ、いや、気にしなくていいですよ。軽く話していた方があなたにはやりやすいみたいだ」
 優しい気遣いはわかるけれども気遣ってくれるなら放っておいてくれ、リザは心の内で叫ぶ。
 正直なところ、もうこれ以上関わりたくないのだ。当主の息子だなんて、ここで何か不具合があればこの件がすべておじゃんになってしまう可能性もあるのだ。
「お気遣いありがとうございます。こういう場には慣れていなくて」
 リザはできる限り最上級の笑顔を顔に貼り付ける。
「ああそうなんですか。そういえば名前を――」
 そのとき、鐘が鳴った。
 ペーターにとってはただ時間を示すそれでも、リザにとってはタイムアップの合図だった。
「すみませんもう行かないと」
「え?あのもう少し…」
 ペーターは慌てる。今この時を逃したらもう会えないかもしれない。
「ああそうだ明日!明日も夜会があるんです。急に決まったことなので招待状を差し上げることができないのですが、よろしかったらいらして下さい」
 リザは目をすうっと細める。
「よろしいのですか?」
「ええ、もちろん!」
 その言葉にリザは作り笑顔でない極上の笑みを浮かべる。
 ペーターの表情が凍りついたことに、残念ながら彼女は気付かなかった。
「失礼します」
 優雅に礼を一つ。
 有無を言わせずにリザは歩き去っていく。
 それがどんな影響を及ぼすかも知らずに。




 
 *POSTSCRIPT*
 ながらくお待たせしてしました。
 今回はロイアイ場面が欠片もありませんがまあこれからこれから。ちゃんと大佐に攻めさせるつもりです。がんばってる、うんがんばってるよ。
 脇キャラの名前が決まらない決まらないとさんざん唸った挙句にペーターくんです。ええドイツ語の教科書から引っ張ってまいりました。多分日本人でいうところの山田太郎なみな名前かと。シュミットさんっていうと鈴木さんとかと同じレベルかと。
 うんだからね、何なのかっていうと適当ぶっこきましたよって話。
 これから先シナリオはもっと拙く陳腐によくわからなくなってくるかもしれないです。まず自分がどうしたいのかがわからん。っていうかこれからどうしようかっていうのがまず(死)



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